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改善事例

「冗談のつもり」が虐待につながる前に|職員の“言葉による支援”を見直した生活介護事業所

※本記事は、障害福祉施設で起こり得る複数の課題をもとに構成したモデル事例です。特定の施設・法人の実績ではありません。改善結果や数値についても、改善方法を具体的に示すための想定です。

はじめに――問題になったのは、暴力ではなく「いつもの声かけ」だった

今回のテーマは、これまで扱ってきた経営、稼働率、職員配置、ICT、医療連携、高齢化などとは分野を変え、権利擁護・虐待防止と日常支援を取り上げます。舞台は、知的障害のある利用者を中心に20名ほどが通う生活介護事業所です。

ある日の午後、入職して間もない職員が管理者へ相談しました。「先輩職員の利用者さんへの話し方が、少し気になるんです」。管理者が詳しく聞くと、特定の職員だけの問題ではありませんでした。

「早くして」「またやったの?」「それじゃ、おやつなしだよ」「そんなことする人は散歩に行けません」「○○ちゃん、今日はいい子だね」。

職員たちは、利用者を傷つけようとして言っているわけではありません。むしろ長年の関係性の中で、「このくらい言っても大丈夫」「本人も笑っている」「親しみを込めている」と考えていました。しかし改めて考えると、支援する側と支援される側には立場の違いがあります。利用者が笑っているからといって、その言葉を受け入れているとは限りません。

さらに問題だったのは、こうした声かけが職員間で日常化し、誰も違和感を口にしなくなっていたことでした。この施設の改善は、「虐待をした職員を探すこと」ではなく、「不適切な支援が普通になってしまう組織をつくらないこと」から始まりました。

改善前の状況――虐待防止研修はしている。それでも日常の支援は変わっていなかった

施設では虐待防止研修を毎年実施していました。虐待の種類、身体拘束、通報、権利擁護、職員の責務。研修記録も残っています。そのため管理者は、虐待防止への取り組みはできていると考えていました。

ところが現場を観察すると、研修では見えない問題がありました。

  • 利用者がなかなか席へ着かないと、「早く座って」と繰り返す。
  • 食事が進まないと、「食べないなら片づけるよ」と言う。
  • 活動を拒否すると、「みんなやっているよ」と参加を促す。
  • 利用者が職員の思い通りに動かないと、職員の声が少しずつ強くなる。

一つ一つを見ると、重大な虐待とは感じにくいかもしれません。だからこそ見過ごされていました。

原因分析――問題は「悪い職員」ではなく、支援の基準が曖昧だったこと

管理者が最初に考えたのは、「問題のある職員を指導しなければならない」ということでした。しかし、職員への聞き取りを進めると、原因はもっと複雑でした。

第一に、「どこからが不適切支援か」が共有されていませんでした。暴力はいけない、暴言はいけない、これは誰でも分かります。しかし、「早くしてください」を何度繰り返したら問題なのか、「○○ちゃん」という呼び方はどうなのか、利用者が嫌がっている活動へどこまで誘ってよいのか。こうした日常場面には、職員ごとに異なる感覚がありました。

第二に、職員が「利用者を動かすこと」を支援だと思っていたことです。時間どおりに食事を終える、活動へ参加してもらう、送迎時間までに準備する。施設には時間があります。その結果、「本人を支援する」より「予定どおりに動いてもらう」ことが優先される場面が生まれていました。

第三に、ベテラン職員へ意見を言いにくいことです。若手職員が違和感を覚えても、「長年この人を支援しているから」「この利用者には、この言い方でいいの」と言われると、それ以上言えません。不適切な支援を発見する仕組み以前に、違和感を口にできない職場文化がありました。

改善策① 「虐待か、虐待でないか」ではなく、「本人を尊重した支援か」で話し合う

最初に変えたのは会議の問いでした。以前は、「これは虐待に該当しますか?」と考えていました。しかし、この問いだけでは、「虐待とまでは言えない」で議論が終わってしまいます。

そこで、次の視点を加えました。

  • 「自分が同じ言葉を言われたらどう感じるか」
  • 「家族が隣で聞いていても同じ言い方をするか」
  • 「本人に選択する余地が残されているか」

すると、職員の議論が変わりました。「おやつなしだよ、は冗談でも支援者が言う言葉ではないかもしれない」「活動に参加しないという選択肢もあるのではないか」と、日常支援を具体的に検討できるようになりました。

改善策② 実際に使われている「気になる言葉」を集める

研修用の架空事例ではなく、施設内で実際に使われがちな言葉を匿名で集めました。例えば、「早くして」「ダメでしょ」「何回言ったら分かるの」「いい子にしてください」「言うことを聞かないなら○○できません」です。

そして、それぞれを禁止用語にするのではなく、「なぜその言葉が出たのか」を考えました。

  • 「早くして」が出るなら、送迎準備の時間設定に無理がないか。
  • 「何回言ったら分かるの」が出るなら、本人に伝わるコミュニケーション方法になっているか。
  • 「○○できません」が出るなら、職員が行動をコントロールするために本人の楽しみを使っていないか。

言葉だけを直すのではなく、その言葉を生み出している支援構造まで見ることがポイントです。

改善策③ 「言い換え集」を作るのではなく、支援方法そのものを変える

例えば、なかなか席へ着かない利用者に、「早く座ってください」を、「そろそろ座りましょう」へ変えるだけでは本質的な改善になりません。なぜ座らないのかを考えます。活動が嫌なのか、次に何をするのか理解できていないのか、まだ休憩したいのか、環境が騒がしいのか、本人にとって別の理由があるのか。

そこで、写真や絵を使って予定を伝える、活動開始前に予告する、複数の活動から選択できるようにする、休憩場所を設けるなど、本人に合わせて支援方法を変更しました。

不適切な言葉を減らす最も有効な方法の一つは、職員が強い言葉を使わなくても支援できる仕組みをつくることです。

改善策④ 若手職員の「ちょっと気になります」を大切にする

管理者は職員へ、「重大な問題でなくても、気になったことを話してほしい」と伝えました。そして申し送りや会議で、「今週、支援で少し気になった場面はありましたか」と聞くようにしました。

ここでは、報告した職員が、「告げ口をした」と思われないことが重要です。個人攻撃ではなく、「施設としてより良い支援方法を考える材料」として扱います。ベテラン職員にも、経験年数が長いほど正しいのではなく、経験年数が違う職員が互いに支援を点検するという考え方を共有しました。

改善策⑤ 「職員が余裕を失う時間」を調べる

不適切な声かけが出た時間帯を確認すると、一定の傾向がありました。昼食前、送迎前、入浴が重なる時間、職員が少ない時間、予定より活動が遅れている時間です。つまり、不適切支援には職員個人の問題だけでなく、業務上の焦りも関係していました。

そこでピーク時間の配置を調整し、緊急性の低い事務作業や会議を避けました。虐待防止を研修だけの問題にせず、勤務体制や業務設計の問題としても考えたのです。

改善策⑥ 管理者自身の言葉も点検対象にする

この取り組みでは、一般職員だけを対象にしませんでした。管理者やサービス管理責任者も、「自分の言葉で気になるものがあれば言ってほしい」と伝えました。

管理職だけが職員を評価する仕組みにすると、職員は防御的になります。管理者自身も支援を振り返ることで、「誰かを監視する取り組み」から「組織全体で支援を改善する取り組み」へ変えていきました。

改善結果――職員が「注意されない支援」ではなく「説明できる支援」を考えるようになった

モデル事例では、改善開始後、職員会議で利用者への声かけや支援方法について具体的に話し合う場面が増えた想定です。特に変化したのは、「この言葉は言っていいですか?」という質問が減り、「なぜこの人は、この場面で拒否するのでしょう」という質問が増えたことでした。

これは重要な変化です。虐待防止を、禁止事項を覚えることから、本人の行動の意味を考えることへ変えることができたからです。また、若手職員からも支援方法への提案が出るようになりました。

施設として最も大きな成果は、不適切支援がゼロになったと宣言することではありません。「おかしいかもしれない」と誰かが言える組織になったことでした。

※上記はモデル事例としての想定です。施設の状況によって結果は異なり、同様の成果を保証するものではありません。

コンサルタントの視点――虐待防止委員会より前に見るべきものがある

虐待防止委員会を開催する、研修を行う、マニュアルを作る。もちろん重要です。しかし、それだけでは日常支援は変わりません。

虐待や不適切支援は、突然重大な行為だけが現れるとは限りません。日常の、「早くして」「また?」「何回言わせるの」という小さな言葉。本人の意思確認をせずに予定を進めること。職員の都合を優先すること。違和感を感じても同僚へ言えないこと。こうした日常の積み重ねを点検する必要があります。

特に管理者に見てほしいのは、職員が利用者へどのような言葉を使っているか以上に、なぜその言葉を使わざるを得なくなっているのかという点です。職員が常に時間に追われている、利用者の特性を理解できていない、支援方法を相談できない、新人教育が不足している、人間関係が悪く意見を言えない。こうした組織課題を放置したまま、「虐待は禁止です」と言い続けても十分ではありません。

虐待防止は、職員を監視する仕組みではなく、良い支援を続けられる組織をつくることでもあります。

今回のテーマに特化した実践アドバイス

  • 一週間だけ「気になった言葉」を集めてください。誰が言ったかではなく、どのような場面で出たかを確認します。
  • 利用者を急かした場面を振り返ってください。本人が遅いのではなく、施設のスケジュールに余裕がない可能性があります。
  • 「家族の前でも同じ言葉を使えるか」を考えてください。日常支援を振り返る簡単な判断材料になります。
  • 新人の違和感を消さないでください。施設文化に慣れていない人だからこそ気づけることがあります。
  • 本人の拒否を問題行動と決めつけないでください。「嫌だ」という意思表示の可能性も含め、その理由を考えます。
  • 管理者も自分の支援を公開してください。管理職だけを点検対象から外さないことが、心理的安全性につながります。
  • ヒヤリ・ハットに「権利擁護」の欄を加えてください。転倒や誤薬だけでなく、「本人の意思を十分確認できなかった」などの場面も改善材料にします。

権利擁護・不適切支援チェックリスト

  • 利用者を子ども扱いする呼び方をしていないか。
  • 「早くして」を繰り返していないか。
  • 本人の楽しみを罰や行動コントロールに利用していないか。
  • 活動へ参加しない選択も検討できるか。
  • 利用者の拒否の理由を考えているか。
  • 職員の都合だけで本人の行動を決めていないか。
  • 若手職員がベテラン職員へ意見を言えるか。
  • 「少し気になる」段階で相談できるか。
  • 管理者自身も支援の振り返りを行っているか。
  • 不適切な声かけが出やすい時間帯を把握しているか。
  • 研修内容を実際の日常支援と結びつけているか。
  • 利用者本人の意思確認方法を個別に検討しているか。
  • 職員個人だけでなく業務環境も改善対象としているか。
  • 支援方法について職員同士で率直に話せるか。

まとめ――本当に怖いのは「虐待が起きる施設」ではなく、「誰も違和感を持たなくなる施設」

不適切な支援をするために福祉職になった人は、ほとんどいないでしょう。多くの職員は、利用者を支えたいと思って働いています。それでも、忙しさ、慣れ、職員同士の上下関係、「昔からこうしている」という文化、支援方法の不足によって、少しずつ言葉や対応が変化することがあります。

最初は、「早くして」だったものが、「何回言ったら分かるの」になり、やがて強い言葉を使うことに誰も違和感を持たなくなる。組織として警戒すべきなのは、この状態です。

だから虐待防止で重要なのは、「悪い職員を見つけること」ではありません。職員が、「今の言い方、少し気になりました」と言えること。言われた職員も、「そうかもしれない。別の方法を考えよう」と受け止められること。そして管理者が、「誰が悪いのか」ではなく、「なぜその支援になったのか」を一緒に考えられることです。

利用者の尊厳を守る仕組みは、立派なマニュアルの中だけにあるのではありません。毎日の食事、トイレ、送迎、活動、休憩。そして職員が何気なく発する一言の中にあります。

次の職員会議で、虐待防止研修の資料を開く前に、一つだけ職員へ尋ねてみてください。「最近の支援で、“虐待ではないかもしれないけれど、少し気になったこと”はありませんでしたか?」その小さな違和感を話せる施設であることが、重大な不適切支援を防ぐ最初の防波堤になります。

虐待防止委員会・研修・マニュアルを形骸化させない全体の進め方は 障害者施設における虐待防止の実践、委員会を「現場が変わる会議」にした例は 身体拘束廃止委員会が形骸化していた施設、拒否や行動を「サイン」として読む支援は 利用者の「問題行動」が減った施設がやっていたこと、ヒヤリ・ハットを場面で分析する方法は 同じヒヤリ・ハットが繰り返される もあわせてご覧ください。

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