同じヒヤリ・ハットが繰り返される|「注意する」で終わらせず、種類×時間×場所で分析する
事故やヒヤリ・ハットが起きると報告書を作成します。しかし、報告書を何枚書いても同じ種類の事例が繰り返される——そういう状態になっていないでしょうか。
この記事では、事故件数そのものを減らすことだけを目標にせず、「なぜ同じことが繰り返されるのか」を分析して、ヒヤリ・ハットをサービスの質の改善につなげる方法を整理します。要点は、職員個人の注意力を高めるのではなく、事故が起こりにくい支援環境と業務の仕組みをつくることです。
※ 本記事は、障害福祉の現場で起こり得る複数の課題をもとに再構成したモデル事例です。特定の施設・法人の実績を示すものではなく、記載の内容は改善の考え方を分かりやすくするための想定です。取り組みの効果は事業所の状況によって異なり、同様の成果を保証するものではありません。
報告は増えた。しかし内容が似ていた
想定するのは日中活動系の事業所です。以前から事故・ヒヤリ・ハットの報告制度があり、職員にも「小さなことでも報告してください」と伝えていました。その結果、報告件数は増えました。これ自体は良い変化です。
ところが半年分を確認すると、似た内容が繰り返されていました。椅子から立ち上がる際の転倒リスク、送迎車から降りるときのふらつき、私物の入れ間違い、服薬確認時のヒヤリ・ハット、食事形態の確認漏れ。
いずれも重大な事故には至っていませんでしたが、報告書の「今後の対策」欄には同じ言葉が並んでいました。「今後は注意する」「職員間で周知する」「確認を徹底する」。
問題は報告書を書いていないことではありません。報告書を書いた後、現場の仕組みがほとんど変わっていなかったことでした。
ヒヤリ・ハット報告が「職員の反省文」になっていた
報告書を見ると、「職員が目を離したため」「確認不足だった」「注意が足りなかった」など、職員個人を原因とする記載が多くありました。だから再発防止策も「注意する」「ダブルチェックする」「声を掛け合う」になります。
職員の確認が必要な場面はもちろんあります。ただ、人間は必ずミスをします。忙しい時間帯、予定外の出来事、利用者から同時に声を掛けられる、電話が鳴る、急な欠勤が出る——こうした状況では、経験豊富な職員でも見落とすことがあります。
それにもかかわらず原因を担当職員の注意不足として処理していたため、同じ条件が再びそろえば、別の職員が同じヒヤリ・ハットを起こしていました。
「誰が起こしたか」ではなく「いつ・どこで・何が重なったか」
そこで半年分のヒヤリ・ハットを、職員名ではなく別の視点で分類しました。確認したのは、発生した時間、発生した場所、支援の場面、利用者の状態、職員の配置、直前に行っていた業務です。
すると特徴が見えてきました。転倒に関する事例の一部が、午後の活動終了から帰宅準備へ移る時間帯に集中していたのです。
その時間帯は、トイレ誘導、荷物の準備、家族への連絡、送迎車への誘導、記録が重なります。職員が利用者から離れる機会も増えていました。
つまり「あの職員が注意しなかった」ことだけが原因ではありません。事故が起こりやすい時間帯と業務構造が存在していたのです。
整え方① 「種類×時間×場所」で集計する
まず、報告書をファイルに綴じるだけの運用をやめます。月ごとに種類で分類します。転倒・転落、誤薬や服薬に関するもの、食事・嚥下に関するもの、送迎に関するもの、利用者間のトラブル、物品・私物の管理、その他——事業所の実情に合わせて分けます。
さらに「何時ごろ」「どこで」発生したかも確認します。これだけでも「15時台の玄関付近に集中している」「昼食の前後に確認ミスが多い」といった傾向が見えてきます。
一件ずつ読むだけでは分からない問題も、複数を重ねると事業所全体の弱点として見えてきます。
整え方② 「本人・職員・環境・手順」の4方向で原因を見る
原因を一つに決めないことにします。転倒であれば、次の4方向から確認します。
- 本人要因……体調、歩行の状態、薬剤の影響、疲労、行動の特性
- 職員要因……見守りの位置、情報共有、経験、担当している人数
- 環境要因……床、椅子、照明、動線、物品の配置
- 手順要因……活動終了から移動までの流れ、担当の決め方、確認の手順
この4方向で見ると、「職員が見ていなかった」という一つの原因ではなく、「帰宅準備が同じ時間に集中し、職員が荷物確認のため利用者から離れる構造になっていた」というところまでたどり着けます。
整え方③ 「注意する」ではなく、現場を一つ変える
再発防止策について、ルールを一つ設けます。可能な限り「注意する」以外の対策を一つ入れる、というものです。
食事形態の取り違えのリスクがあったなら、「今後注意する」だけでなく、配膳の方法を変更する、確認の表示を見直す、配膳の順序を変更する。私物の入れ間違いなら、保管場所、名前の表示、帰宅前の確認方法を見直す。
大切なのは職員へ注意を追加することではなく、間違えにくい環境へ変えることです。
整え方④ 「同じ種類が3回以上」を会議で扱う
従来の事故防止会議は、重大な事故が中心の議題でした。そこに「重大性は低くても、同じ種類が3回以上発生している事例」を加えます。
「送迎時に利用者の荷物を取り違えそうになった」が1回なら偶発的な可能性もあります。しかし3回、4回と続くのであれば、個人のミスではなく仕組みに問題がある可能性が高まります。
重大な事故が起きてから対策するのではなく、小さなヒヤリ・ハットの反復から大きな事故を予防する方向へ変えるということです。
整え方⑤ 対策の一定期間後に「本当に変わったか」を確認する
もう一つの問題が、対策を決めた後の確認がないことでした。そこで対策を決めたら、一定期間後に効果を確認します。
「帰宅準備の役割分担を変更する」と決めたなら——本当に新しい方法で運用されているか、職員の負担が増えていないか、同じヒヤリ・ハットが再発していないか、別の問題が生じていないか。
対策は、決めただけでは改善ではありません。現場が変わり、再発のリスクが下がったところまで確認して初めて改善です。
▶ 指摘や課題を月次でモニタリングし、「完了した」だけでなく「定着しているか」を後から再確認する仕組みは 運営指導で「改善勧告」を受けた施設が繰り返す指摘を断った方法 にまとめています。
報告件数の増減だけで安全性を評価しない
以前は「先月より報告が5件増えた」というと、安全性が低下したように受け止められていました。しかしヒヤリ・ハットの報告が増えること自体は、必ずしも悪いことではありません。小さな異常を職員が報告できる組織になった可能性もあるからです。
そこで報告件数だけでなく、同じ事例が再発しているかどうかを見るようにします。
実際、午後の帰宅準備の時間帯に集中していた事例について役割分担と利用者の移動順序を見直すと、その時間帯の類似事例は減っていきました。職員からも「気をつけろと言われるより、仕事の流れが変わった方が分かりやすい」という反応が出てきます。
事故報告が多い施設が「危険な施設」とは限らない
「事故報告が多いと施設の評価が悪くなる」と考えて、小さなヒヤリ・ハットを報告しにくい雰囲気が生まれることがあります。これは非常に危険です。
本当に注意すべきなのは、事故が少ない施設ではなく、事故が見えない施設になっていないかということです。
小さなヒヤリ・ハットが報告され、複数の事例を分析し、共通する原因を探し、仕組みを変え、効果を確認する。この循環が回っている施設のほうが、長期的には安全性を高めやすくなります。
また、事故の分析を職員への責任追及の場にしてしまうと、報告は減ります。職員が「書くと怒られる」と考えるからです。もちろん故意や重大なルール違反など、個別に対応すべきケースは別です。ただ通常のヒューマンエラーについては、「誰が悪かったか」より「なぜその人が間違えやすい状況になったのか」を見る視点が欠かせません。
▶ ヒヤリ・ハットや不適切な支援を報告しやすい職場をつくる方法は 障害者施設における虐待防止の実践|形骸化させないための具体的な方法、服薬に関するヒヤリ・ハットを工程別に分析する方法は 服薬事故を防ぐ|「薬を預かる施設」から「医療とつながる施設」へ で解説しています。
実践のポイント
- ① 過去3か月の報告書を机に並べる……一件ずつではなく同じ種類をまとめると、共通する時間・場所・業務を探せます
- ② 「注意する」を対策の最後にする……まず「そもそも間違えにくくできないか」を検討してから、必要な場合に注意喚起を加えます
- ③ ヒヤリ・ハットゼロを目標にしない……ゼロを強調しすぎると、職員が報告しなくなる可能性があります。目標にしたいのは同じ原因による重大な事故を繰り返さないことです
- ④ 「なぜ今日は安全だったのか」も分析する……同じ利用者でも転倒リスクが高かった日と安定していた日があります。良い支援の条件が見つかることがあります
- ⑤ 対策には確認日を入れる……「この方法に変更する」で終わらせず「1か月後に再評価」まで決めておくと、改善策が形骸化するのを防げます
事故予防・サービス品質チェックリスト
- □ ヒヤリ・ハットを種類別に集計している
- □ 発生した時間帯を確認している
- □ 発生した場所を確認している
- □ 同じ種類の事例が繰り返されていないか確認している
- □ 原因を職員個人の注意不足だけで終わらせていない
- □ 本人・職員・環境・手順の複数方向から分析している
- □ 再発防止策に環境や手順の改善を含めている
- □ 小さくても反復している事例を会議で検討している
- □ 対策を実施した後に効果を再評価している
- □ 職員がヒヤリ・ハットを報告しやすい雰囲気がある
まとめ——良い報告書を書くことより、次が起こりにくい施設をつくる
事故やヒヤリ・ハットが起きたとき、報告書を書き、原因を書き、対策を書き、管理者が確認する。ここまで行っている事業所は多くあります。しかし本当に重要なのはその後です。
その報告によって、施設の何が変わったでしょうか。椅子の位置が変わった、物品の配置が変わった、確認の方法が変わった、職員配置が変わった、送迎の手順が変わった、情報共有の方法が変わった。何か一つでも現場が変われば、その報告書はサービスの質の改善につながっています。
反対に「職員へ周知しました」「今後注意します」だけで終わり、同じヒヤリ・ハットが繰り返されているのであれば、報告制度そのものを見直す必要があります。
人が人を支援する現場である以上、予測できないことは起こります。だから必要なのは失敗しない職員を作ることではありません。小さな失敗から施設全体が学び、次は同じことが起こりにくい仕組みへ変えられる組織をつくることです。
次にヒヤリ・ハット報告書を確認するときは、「誰が起こしたのか」だけでなく、「この一枚によって、施設の何を変えられるだろうか」と考えてみてください。そこから、事故報告は「提出する書類」から「サービスの質を高める道具」へ変わります。
あわせてお読みください。報告しやすい職場づくりは 障害者施設における虐待防止の実践、身体拘束のグレーゾーンを委員会で扱う方法は 身体拘束廃止委員会が形骸化していた施設、自主点検を仕組みにして運営指導の指摘を断った実例は 運営指導で「改善勧告」を受けた施設が繰り返す指摘を断った方法、支援方法のばらつきを整理する方法は 職員によって支援が違う で解説しています。事故予防・運営体制の整備のご相談は 運営指導・監査の事前対策支援、サービス内容 もあわせて お問い合わせください。初回相談は無料で承っております。


