利用者の体調が急変したとき、職員によって動きが違う|緊急時対応を仕組みにする
※本事例は、実際の複数の事例をもとに再構成した架空のモデルケースです。特定の法人や事業所を指すものではありません。文中の数字は、説明のために置いた仮定の数字であり、実際の事業所の実績や、効果を保証するものではありません。
はじめに
利用者の体調は、日中でも夜間でも、急に変わることがあります。発熱、嘔吐、けいれん、転倒、食事中の息苦しさなど、場面はさまざまです。このとき、職員が慌てずに動けるかどうかは、日頃の備えで大きく変わります。しかし、緊急時の対応が、その場にいた職員の経験や判断に任されている事業所は少なくありません。
今回は、運営者の視点から、体調急変時の対応を、個人の判断ではなく仕組みとして整える方法を、モデルケースで整理します。
事例の概要
架空のH法人は、生活介護とグループホームを運営しています。利用者は30名、職員は20名です。この1年間に、救急搬送が5件ありました。振り返ると、同じような症状でも、すぐに救急車を呼ぶ職員もいれば、様子をみようとして連絡が遅れる職員もいました。
また、搬送の際に、利用者の持病や服薬、かかりつけ医、ご家族の連絡先をすぐに伝えられず、確認に時間がかかったことがありました。夜間のグループホームでは、一人で勤務していた職員が、誰に連絡すればよいか分からず、困った場面もありました。
運営者は、「結果的に大事に至らなかったのは、運がよかったからかもしれない」と感じました。
コンサルタントの視点――何が起きていたのか
このケースの問題は、緊急時の判断と連絡の流れが、個人の経験に頼っていたことです。急変時は、誰でも冷静さを失いやすく、その場で考える余裕はありません。あらかじめ決めた手順があるかどうかで、初動の速さと確実さが変わります。
運営者の立場で考えるべきは、職員の判断を責めるのではなく、判断しやすい仕組みを用意することです。何を見たら救急要請をするのか、誰にどの順で連絡するのか、搬送先へ何を伝えるのかを、事前に決めておく責任は、運営者にあります。
見直しの手順
H法人では、次の順で見直しを進めました。最初に、過去1年の救急搬送と、体調急変の記録を読み返し、症状、発生した時間帯、職員の対応、連絡の流れを整理しました。どこで迷いが生じていたのかが見えてきました。
そのうえで、五つの見直しを行いました。一つ目は、利用者ごとの情報シートです。持病、服薬、かかりつけ医、アレルギー、ご家族の連絡先、本人の特徴などを一枚にまとめ、すぐに持ち出せるようにしました。二つ目は、連絡の流れの明確化です。
日中と夜間のそれぞれについて、誰に、どの順で連絡するかを一枚の図にまとめました。三つ目は、判断の目安の整理です。救急要請をする場合、医療機関に相談する場合、様子をみる場合の目安を、協力医療機関の医師に相談したうえで文書にしました。
四つ目は、訓練です。年に2回、想定場面を決めて、全員で動きを確認しました。食事中の息苦しさや、けいれんなど、場面ごとの対応は、医師や看護師、消防などの専門職の指導を受けながら学びました。五つ目は、搬送後の振り返りです。搬送のたびに、対応を振り返り、手順や情報シートを更新する流れにしました。
なお、緊急時の対応、医療機関への連絡、事故の報告、利用者の同意の扱いなどに関する基準は、サービスの種類や自治体によって異なる場合があります。見直しを行う際は、最新の基準や通知を確認し、指定権者(都道府県・市町村)や専門家に確認したうえで進めてください。
数字で見る変化の見通し
ここでは、あくまで仮定の数字で、見直しにかかる費用を考えてみます。時間単価は1,600円と仮定します。まず、初年度の費用です。手順書の作成に、職員3名が8時間ずつかけると、3名×8時間×1,600円=3万8,400円です。
訓練を年2回、1時間ずつ、職員20名が参加すると、2回×1時間×20名×1,600円=6万4,000円です。利用者30名分の情報シートを、1人30分で作成すると、30名×0.5時間×1,600円=2万4,000円です。初年度の合計は、3万8,400円+6万4,000円+2万4,000円=12万6,400円です。
2年目以降は、手順書の作成と情報シートの新規作成が不要になり、更新が中心になります。訓練は同じ費用で、情報シートの更新を1人6分、手順書の見直しを職員3名が2時間ずつ行うと仮定します。30名×0.1時間×1,600円=4,800円、3名×2時間×1,600円=9,600円で、訓練の6万4,000円を加えると、合計は7万8,400円です。
一方、効果の見方です。搬送時の確認作業が減り、職員の拘束時間が、1件あたり、職員2名で2時間短くなったと仮定します。搬送が年5件であれば、5件×2名×2時間×1,600円=3万2,000円です。金額だけを比べれば、初年度の費用は、この削減額を上回ります。
ただし、この削減額は、効果のごく一部にすぎません。緊急時の初動が早く、確実になることで得られる利用者の安全は、金額に換算できません。また、この試算の効果は、あくまで仮定であり、実際の効果を保証するものではありません。大切なのは、備えにかかる費用を、運営者が把握したうえで、優先して確保することです。
運営者が特に気をつけた点
運営者として特に気をつけたのは、次の点です。まず、判断の目安を、運営者や職員だけで決めないことです。救急要請の目安などの医療的な判断は、協力医療機関の医師などに相談して定めました。次に、夜間に一人で勤務する職員を、孤立させないことです。
いつでも連絡できる相手と、連絡の順番を決め、夜間の職員が、一人で判断を抱え込まないようにしました。
さらに、判断が結果として「空振り」になっても、責めないことを職員に伝えました。念のために連絡したことが、結果として必要なかったとしても、安全のための行動として評価する姿勢が、早い連絡につながります。ご家族への連絡の仕方や、説明の内容も、事前に決めておきました。
実践アドバイス
同じような課題を抱える運営者の方に、次のような順序をお勧めします。まず、過去1年の急変や搬送の記録を読み返し、対応にばらつきがなかったかを確認してください。次に、利用者ごとの情報シートを、体調の変化が起きやすい方から作り始めてください。夜間に職員が一人になる場面があるなら、連絡の流れを最優先で整えてください。
一方で、一度にすべてを整えようとすると、現場の負担が増えます。まず、連絡の流れと情報シートから始め、訓練を重ねながら、範囲を広げていくことが大切です。食事中の息苦しさやむせが続く方、発熱や痰の増加がみられる方については、早めに医師などの専門職へ相談する流れも、あわせて確認してください。
運営者のためのチェックリスト
- ご自身の事業所を振り返るときの観点です。
- 利用者ごとの情報シートがあり、すぐに持ち出せるか。
- 日中と夜間の連絡の流れが決まっているか。
- 救急要請などの判断の目安が、医師に相談したうえで文書になっているか。
- 夜間に一人で勤務する職員が、孤立しない仕組みがあるか。
- 訓練が、定期的に行われているか。
- 搬送後に、対応を振り返って手順を更新しているか。
- 判断が空振りになっても責めない姿勢を、職員に伝えているか。
まとめ
体調急変時の対応は、個人の経験に頼らず、情報シート、連絡の流れ、判断の目安、訓練、搬送後の振り返りを、仕組みとして整えることが基本です。備えにかかる費用は、金額に換算できる効果だけでは測れませんが、運営者が把握し、優先して確保することが重要です。
ただし、仕組みがあっても、すべての事態を防げるわけではないため、定期的な見直しが欠かせません。
なお、制度や基準は、サービスの種類や制度改正によって変わることがあります。実際に見直しを行う際は、最新の基準や通知を確認し、不明な点は指定権者(都道府県・市町村)や専門家に確認したうえで進めてください。
「いつもと違う」小さな変化に気づいて医療へつなぐ方法は 体調変化を医療につなぐコラム、グループホームの夜間に一人で勤務する職員を支える体制は 夜間緊急対応を整えた事例、食事中のむせや窒息への備えは 誤嚥・窒息事故を防ぐ事例、医療機関との連携の広げ方は 医療連携を整えて受け入れを広げた事例 もあわせてご覧ください。
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