複数事業所を持つ法人が「事業所間の数字の差」に気づいて改善した実例|合算の黒字に潜む赤字
——「同じ法人なのに、なぜこんなに違うのか」
問題発生——「法人全体は黒字。でも中身を見ると……」
「法人全体の決算は黒字でした。でも事業所ごとの数字を初めて並べてみたとき、正直、声が出なかった」——生活介護2か所・グループホーム1か所を運営するQ法人の理事長・R氏の言葉です。
Q法人はコンサルとの初回面談で「法人全体の財務状況を教えてください」と求められ、初めて事業所ごとの損益を集計しました。それまでは法人全体の合算でしか数字を見ておらず、個々の事業所がどのような状態にあるか把握していませんでした。
「合算すると黒字に見える。でも内訳を見ると、一方が黒字で他方が赤字だった。黒字の事業所が赤字の事業所を支えていただけで、法人全体として健全だったわけではなかった」とR理事長。
Q法人の事業所別損益(初回集計結果)
- 生活介護A(定員25名・開設8年):年間収益2,180万円・収支+210万円
- 生活介護B(定員20名・開設3年):年間収益1,420万円・収支△190万円
- グループホームC(定員8名・開設5年):年間収益820万円・収支+45万円
- 法人合計:収益4,420万円・収支+65万円(黒字)
→ 生活介護Bが毎年190万円の赤字を出しており、生活介護Aの黒字で補填している構造が判明。このまま推移すると法人全体が赤字に転落するリスクがある状態でした。
【R理事長の言葉】
「事業所ごとの数字を見たことがなかった。合算で黒字なら問題ないと思っていた。でも実態は、1つの事業所がずっと赤字を出し続けていて、それを別の事業所の利益で隠していた状態でした」
原因分析——生活介護BとAの「差」はどこから来ているか
生活介護AとBの数字を詳細に比較すると、差の原因が浮かび上がりました。
| 比較項目 | 生活介護A(黒字) | 生活介護B(赤字) |
|---|---|---|
| 定員・現員 | 25名・平均23.8名 | 20名・平均16.2名 |
| 利用率 | 95.2% | 81.0% |
| 算定加算数 | 7種 | 3種 |
| 人件費率 | 71.4% | 84.2% |
| 管理者の経験年数 | 12年 | 2年(途中交代あり) |
| 月次収支の把握 | 毎月確認 | ほぼ未確認 |
| 運営指導の指摘 | 直近0件 | 直近4件 |
数字の差は偶然ではありませんでした。利用率・加算数・人件費率・管理者の経験——これらのすべてで差があり、それが年間400万円以上の収支差に結びついていました。
差の原因①:利用率の差(95% vs 81%)
生活介護Bでは、欠席が多い利用者への個別対応が不十分でした。「来たくない理由」を掘り下げずに「体調不良が多い方」として処理されており、欠席が常態化していました。また、定員20名に対して実際の在籍者が18名しかおらず、2名分の空きが埋まっていませんでした。相談支援事業所へのアプローチもほとんどなく、新規利用者の紹介が来ない状態が続いていました。
差の原因②:加算数の差(7種 vs 3種)
生活介護Bでは、開設時から変わらず3種類の加算しか算定していませんでした。管理者が加算の棚卸しをしたことがなく、「開設時に届け出た加算が全てだ」という認識のままでした。一方の生活介護Aでは、前任の管理者が積極的に加算を調べており、毎年の報酬改定のたびに新設加算を確認する習慣がついていました。
差の原因③:人件費率の差(71% vs 84%)
生活介護Bの人件費率が高かった主な理由は、残業の多さでした。管理者が2年前に交代した際、業務の引き継ぎが不十分で、新管理者が判断できない場面が多く、確認のための時間が無駄に生じていました。また、シフト設計が前任管理者の「経験則」のまま引き継がれており、業務量に合わない配置が残業を生んでいました。
改善策——「良い事業所」の運営を「課題のある事業所」に移植する
R理事長とコンサルが設計した改善方針は、「生活介護Aでうまくいっていることを、生活介護Bに移植する」というシンプルなものでした。「外から新しいことを持ち込む」のではなく、「すでに自法人の中にある成功を横展開する」アプローチです。
移植①:生活介護Aの管理者が、Bの管理者に月1回の「伴走」をする
生活介護Aの管理者・S氏(経験12年)に、Bの管理者・T氏(経験2年)への月1回の伴走役を依頼しました。「どう判断するか」「何を数字で見るか」「加算をどう確認するか」——S管理者がT管理者に教える形の、内部コンサルティングです。
「同じ法人の、同じサービス種別の管理者だから、外部の専門家より具体的な話ができる。Tさんも『うちの施設の話だから腹落ちする』と言ってくれた」とR理事長。
【月1回の伴走ミーティングの議題(例)】
- 今月の利用率と、欠席が多い利用者への対応状況
- 加算算定の確認(取れているか・取りこぼしがないか)
- 人件費率と残業時間の確認
- 相談支援事業所へのアプローチ状況
- T管理者が「判断に迷っていること」の相談
移植②:加算棚卸しで4種類の算定漏れを発見
生活介護Aの管理者S氏が生活介護Bの加算状況を確認したところ、4種類の算定漏れが判明しました。
- 福祉専門職員配置等加算(I):社会福祉士1名の届出漏れ
- 強度行動障害支援者養成研修加算:研修修了者の届出未実施
- 処遇改善加算(区分引き上げ):要件整備で上位区分に移行可能
- 口腔衛生管理体制加算:法人で既に他事業所が連携している歯科医院を活用
「同じ法人の別事業所で取れている加算が、Bでは取れていなかった。法人内で情報共有する仕組みがなかっただけだった」とR理事長。届出と整備を経て、月約14万円の増収を実現しました。
(加算の算定要件・単位数・区分は、サービス種別や自治体の運用、報酬改定により異なります。算定にあたっては、必ず最新の告示・報酬改定内容と所管の行政窓口でご確認ください。)
移植③:シフト設計の見直し
生活介護AのシフトをBの管理者T氏が参考にしながら、業務量に合わせた配置に再設計しました。特に午前のプログラム時間帯への人員集中と、利用者が少ない時間帯の配置の見直しを行い、残業の主因だった「忙しい時間に人が足りない」問題を解消しました。
移植④:相談支援事業所への「施設紹介シート」持参訪問
生活介護Aが実施していた「施設紹介シートを持参して相談支援事業所を訪問する」取り組みを、Bでも展開しました。「空きあり」を明示したシートを持って地域の相談支援事業所8か所を訪問し、3か月で新規見学2件・新規利用開始1名につながりました。
改善後の変化——1年後の事業所別数字
| 指標 | 生活介護B・改善前 | 生活介護B・1年後 | 変化 |
|---|---|---|---|
| 平均利用率 | 81.0% | 89.4% | +8.4ポイント |
| 算定加算数 | 3種 | 7種 | +4種 |
| 人件費率 | 84.2% | 76.8% | ▲7.4ポイント |
| 月間残業時間(常勤平均) | 約19時間 | 約8時間 | ▲11時間 |
| 年間収支 | △190万円 | +85万円 | 黒字転換 |
| 法人全体収支 | +65万円 | +340万円 | 大幅改善 |
※ 上記はコンサル支援先の事例をもとにした参考値です。事業所規模・地域区分・職員構成により異なり、同様の成果を保証するものではありません。
【R理事長の1年後の言葉】
「生活介護Bの黒字転換だけでなく、法人全体の収支が大幅に改善しました。でも一番の収穫は、事業所間で情報を共有し、助け合う文化が生まれたことです。AとBの管理者が月1回話すようになってから、お互いが刺激し合っている。同じ法人の中にこれだけの知恵があったのに、使っていなかった」
複数事業所経営で「差を生まない」ために
Q法人の事例は、複数事業所を持つ法人が陥りやすい共通の落とし穴を示しています。
複数事業所経営で定期的に確認したい「比較指標」
【毎月確認】
- 事業所別の利用率(定員比)
- 事業所別の人件費率
- 事業所別の月次収支
【四半期ごとに確認】
- 事業所別の算定加算数と加算収入
- 事業所別の職員残業時間
- 事業所別の新規利用者数・退所者数
【年1回確認】
- 事業所別の年間収支と法人全体への貢献度
- WAMnetの同規模・同種別の平均値との比較
→ 「合算で黒字」は経営の健全性を保証しません。事業所別で見て、初めて問題が見えます。
複数事業所を持つ法人の経営者に特に伝えたいのは、「良い事業所の知恵は法人の財産」という視点です。外部から高価なコンサルタントを呼ばなくても、自法人の中に答えがある場合が多くあります。まず「どの事業所が何で優れているか」を把握し、それを横展開することが最初の一手です。
まとめ——「法人全体の黒字」は経営の安全を意味しない
Q法人の事例が示す最重要の教訓は、「複数事業所を持つ法人は、事業所ごとの数字を把握しなければ経営は見えない」ということです。合算の黒字に安心していると、1つの事業所の赤字が見えなくなります。その赤字が拡大し続ければ、やがて法人全体を圧迫します。
「うちは複数の事業所があるが、事業所ごとの損益を把握したことがない」という法人は、まず今月の試算表を事業所別に集計することから始めてみてください。数字を並べてみると、きっと何かが見えてきます。
各事業所の立て直しは、テーマごとの支援もあわせてご覧ください。加算の取りこぼし・区分の見直しは 加算最適化支援、利用率(稼働率)の改善は 稼働率・利用者確保支援、赤字からの資金繰り立て直しは 資金繰りが底をつきかけた施設が立て直した6か月 をご覧ください。
多拠点経営の改善・事業所別の財務管理・経営改善支援のご相談は、サービス内容もあわせて、お気軽にお問い合わせください。初回相談は無料で承っております。