人件費率が80%を超えた施設が70%台に戻した方法|人を減らさず構造を変える
——「人を減らす」のではなく「構造を変える」
問題発生——税理士から「人件費率83%は異常値です」と言われた
「先生、これはどういう状態なんですか?」——生活介護事業所(定員20名)を運営するO法人の理事長・P氏が顧問税理士から年度末の試算表を見せられたのは、3月の決算準備のタイミングでした。
人件費率83.2%。税理士から「福祉施設の適正水準は一般的に70〜75%程度。80%を超えると経営が成り立ちにくくなります」と告げられました。
「職員を大切にしたかった。給料を上げることが施設への恩返しだと思っていた。でも気づいたら、収益のほとんどが人件費で消えていた」とP理事長。職員への誠実な姿勢が、気づかぬうちに法人を圧迫していました。
O法人の財務状況(問題発覚時点)
- 年間収益:約4,200万円
- 人件費総額:約3,494万円(人件費率83.2%)
- その他経費:約680万円(16.2%)
- 当期収支:約26万円の黒字(黒字ではあるが余力ゼロ)
- 職員構成:常勤7名・非常勤6名(合計13名)
- 過去3年の人件費率推移:76.4% → 79.8% → 83.2%(毎年上昇)
→ 黒字ではあるものの、設備更新・突発的支出への対応力がゼロ。このまま推移すると翌年度は赤字に転落する可能性が高い状態でした。
【P理事長の言葉】
「人件費率という言葉自体、税理士から言われるまで意識したことがありませんでした。職員に支払う給料が増えることを、良いことだと思っていた。数字の意味を理解していなかった、それが正直なところです」
人件費率とは何か——まず「数字の意味」を理解する
人件費率とは、収益に占める人件費の割合です。計算式は以下のとおりです。
人件費率(%)= 人件費総額 ÷ 収益総額 × 100
人件費には、基本給・各種手当・賞与・法定福利費(社会保険料の事業主負担分)が含まれます。
障害福祉施設の人件費率の目安(参考値)
- 70%未満:余裕があり、設備投資・内部留保が可能な状態
- 70〜75%:適正水準。経営が安定している状態
- 75〜80%:やや高め。改善を意識すべき水準
- 80〜85%:要注意。突発的な支出への対応が困難
- 85%以上:危険水準。赤字転落リスクが高い
※ 適正水準はサービス種別・規模・地域により異なります。WAMnet(福祉医療機構)の経営分析参考指標で、同規模・同種別の平均値と比較することをおすすめします。
重要なのは「人件費率が高い=職員への待遇が良い」ではないということです。人件費率は、収益と人件費のバランスの問題です。同じ人件費総額でも、収益が増えれば人件費率は下がります。
原因分析——なぜ毎年上昇し続けたのか
O法人の人件費率が3年で76%から83%に上昇した原因を分解すると、3つの構造的問題が見えてきました。
原因①:収益が横ばいなのに人件費が増え続けた
過去3年間、O法人の収益はほぼ横ばいでした(約4,100〜4,200万円)。一方で人件費は毎年増加していました。昇給・手当の追加・社会保険料の上昇が積み重なった結果です。収益が増えないまま人件費だけ増えれば、人件費率は上がり続けます——この当然の事実を、P理事長は数字として把握していませんでした。
原因②:残業が「常態化」していた
職員の残業時間を集計したところ、常勤職員の月平均残業時間が約22時間であることが判明しました。送迎の延長・記録業務の遅れ・急な欠員対応——これらが積み重なり、残業代が人件費を押し上げていました。「残業代は変動費なので見えにくい。でも月22時間×常勤7名×割増賃金を計算すると、年間で相当な金額になっていた」とP理事長。
原因③:非常勤の活用が「非効率」だった
非常勤職員6名の勤務時間を確認したところ、配置のバランスに偏りがありました。利用者が少ない時間帯にも複数名が入っている一方、忙しい時間帯に人手が足りないという状況が続いていました。シフト設計が「なんとなくの習慣」で決まっており、業務量に合わせた配置になっていませんでした。
改善策——「人を減らす」のではなく「構造を変える」
P理事長がコンサルと最初に確認したのは「職員を減らすことはしない」という方針でした。人件費率の改善は、人員削減ではなく「収益の増加」「残業の削減」「シフトの最適化」の3本柱で進めました。
柱①:収益を増やす——加算棚卸しで月約14万円の増収
人件費を下げる前に、まず収益を上げることを優先しました。加算棚卸しを実施したところ、以下の3種類の算定漏れが判明しました。
- 口腔衛生管理体制加算:近隣歯科医院との連携協定を締結し算定開始。月約3.2万円
- 福祉専門職員配置等加算(II):介護福祉士資格保有者の届出漏れ。月約2.8万円
- 処遇改善加算(区分III→I移行):キャリアパス要件整備・届出。月差額約8万円
合計で月約14万円・年間約168万円の増収。「人件費を変えずに収益が増えたことで、人件費率が下がり始めた」とP理事長。
(加算の算定要件・単位数・区分は、サービス種別や自治体の運用、報酬改定により異なります。算定にあたっては、必ず最新の告示・報酬改定内容と所管の行政窓口でご確認ください。)
柱②:残業を減らす——原因別の対策
残業22時間の内訳を分析したところ、「送迎の延長(約8時間)」「記録業務(約9時間)」「急な欠員対応(約5時間)」に分かれていました。それぞれに対策を講じました。
残業削減の具体的な対策
- 【送迎延長 月8時間→2時間】送迎ルートを全面見直し(走行距離を28%削減)/「送迎は○時までに完了」というルールを明文化
- 【記録業務 月9時間→3時間】記録様式を簡略化(必要事項のみに絞り込み)/支援中のメモを活用し帰宅後の記入量を削減/タブレット端末2台を導入し、その場で記録できる環境を整備
- 【急な欠員対応 月5時間→2時間】非常勤のシフト調整を事前に行い、急な欠員時に呼べる人材をリスト化/管理者が現場に入る頻度を下げるためのマニュアル整備
柱③:シフトを最適化する——業務量に合わせた配置へ
非常勤6名のシフトを、1時間ごとの業務量(利用者数・支援内容)に合わせて再設計しました。「今まで何となく決めていたシフトを、データで決めるようにした」とP理事長。具体的には、午前のプログラム時間帯に人を集中させ、利用者が少ない時間帯の配置を減らしました。非常勤の総勤務時間は変えずに配置のバランスだけを変えた結果、支援の質を落とさずに余剰人件費を削減できました。
【P理事長の気づき】
「シフトの見直しをしていて気づいたのは、忙しい時間に人が足りなくて常勤が残業し、空いている時間には非常勤が余っているという矛盾でした。人件費の総量は変えずに、配置を変えるだけで残業が減り、支援の質も上がった。こんなに単純なことに気づいていなかった」
改善後の変化——1年後の数字
| 指標 | 改善前 | 改善後(1年) |
|---|---|---|
| 年間収益 | 約4,200万円 | 約4,368万円(加算増収分) |
| 人件費総額 | 約3,494万円 | 約3,276万円(残業削減分) |
| 人件費率 | 83.2% | 76.0%(▲7.2ポイント) |
| 当期収支 | 約26万円(黒字ギリギリ) | 約562万円(黒字拡大) |
| 常勤の月平均残業 | 約22時間 | 約7時間 |
| 職員の「残業が多い」実感 | 強い | 「だいぶ楽になった」(複数の声) |
※ 上記はコンサル支援先の事例をもとにした参考値です。事業所規模・職員構成・地域区分により異なり、同様の成果を保証するものではありません。
【P理事長の1年後の言葉】
「職員を減らさずに人件費率を改善できた。残業が減ったことで、職員のほうが喜んでくれました。『楽になった』という声を聞いたとき、経営改善と職員の働きやすさは矛盾しないとわかりました。数字を知ることの大切さを、身をもって学びました」
人件費率を改善する「3つのアプローチ」——どれから始めるか
| アプローチ | 具体的な方法 | 即効性 | 難易度 |
|---|---|---|---|
| ①収益を増やす | 加算棚卸し・稼働率改善・加算区分の引き上げ | 高 | 低〜中 |
| ②残業を減らす | 送迎ルート改善・記録効率化・シフト管理 | 中 | 中 |
| ③配置を最適化する | 業務量に応じたシフト再設計・非常勤活用の見直し | 中 | 中 |
| ④人員数を見直す(最終手段) | 自然退職後の補充抑制・配置転換 | 低 | 高(職員への影響大) |
優先順位は①→②→③の順です。④の人員削減は経営への影響が大きく、支援の質・職員の士気・採用コストにも跳ね返るため、最後の手段として位置づけるべきです。O法人のケースでも④は一切実施していません。
まとめ——「人件費率」を毎月確認する習慣が経営を守る
O法人の事例が示すのは、人件費率の上昇は「ある日突然起きる」のではなく、毎年少しずつ進行するということです。年に1回、決算のときだけ確認していては、気づいたときには取り返しの難しい水準になっていることがあります。
月次試算表で毎月人件費率を確認する。それだけで、問題の早期発見と対策が可能になります。「うちの法人の人件費率がどれくらいか、今すぐ答えられますか?」——もし答えられないなら、今月の試算表を開いて計算してみてください。そこに、改善の手がかりが見つかるはずです。
残業削減・記録効率化による人件費の適正化は 職員一人あたりの生産性を上げた施設がやった業務改善、収益側の柱となる加算の見直しは 加算最適化支援、赤字からの収支立て直しは 資金繰りが底をつきかけた施設が立て直した6か月 もあわせてご覧ください。
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