感染症が出たときに運営が止まりかける|対応を人に頼らず仕組みにする
※本事例は、実際の複数の事例をもとに再構成した架空のモデルケースです。特定の法人や事業所を指すものではありません。文中の数字は、説明のために置いた仮定の数字であり、実際の事業所の実績や、効果を保証するものではありません。
はじめに
インフルエンザや感染性胃腸炎、新型コロナウイルス感染症など、感染症は、利用者にも職員にも身近な課題です。障害のある方のなかには、基礎疾患のある方や、飲み込みの力が弱く肺炎を起こしやすい方もおられます。感染症が発生したとき、現場が慌てずに動けるかどうかは、日頃の備えで大きく変わります。
今回は、運営者の視点から、感染症への備えを、担当者の経験ではなく仕組みとして整える方法を、モデルケースで整理します。
事例の概要
架空のF法人は、生活介護事業所を運営しています。利用者は22名、職員は16名です。ある冬、利用者数名に発熱と嘔吐がみられ、職員にも体調不良が広がりました。最も多い日には、16名の職員のうち4名が欠勤し、欠勤の割合は25%に達しました。
このとき、誰が保健所や協力医療機関、ご家族に連絡するのか、利用者のどの範囲を別の場所で過ごしてもらうのか、嘔吐物はどう処理するのかが、職員によってばらばらでした。幸い大きな広がりにはなりませんでしたが、運営者は、「たまたま経験のある職員がいたから乗り切れただけだ」と感じました。
コンサルタントの視点――何が起きていたのか
このケースの問題は、感染症対策が、一部の職員の経験や善意に支えられていたことです。指針や手順書はあっても、棚に置かれたままで、職員が内容を知らない状態でした。感染症は、発生した後に手順を考えている時間がありません。あらかじめ決めておいた動きを、全員が同じように実行できるかどうかが重要です。
運営者の立場で考えるべきは、感染症を、現場の努力の問題にしないことです。発生時の連絡と判断の流れ、職員が欠けたときの運営の継続、利用者の健康を守るための日常の備えを、組織として整える責任は運営者にあります。
見直しの手順
F法人では、次の順で見直しを進めました。最初に、既存の指針と手順書を、職員の目線で読み直しました。実際の現場で使える内容か、必要な連絡先や判断の基準が書かれているかを、確認しました。
そのうえで、五つの見直しを行いました。一つ目は、発生時の連絡の流れです。発熱や嘔吐に気づいた職員が、誰に報告し、誰が保健所や協力医療機関、ご家族に連絡するかを、一枚の図にまとめました。二つ目は、委員会の運営です。感染症対策の委員会を、決められた間隔で開き、発生状況や備蓄を確認することにしました。
三つ目は、職員の研修と訓練です。手洗いや嘔吐物の処理など、基本の動きを全員で確認し、感染症が出たと想定した訓練を行いました。
四つ目は、職員が欠けたときの運営の継続です。欠勤が増えた場合に、どの支援を優先し、どの活動を縮小するかを、あらかじめ決めました。五つ目は、日頃の健康観察です。食事中のむせや、発熱、痰の増加などの変化に気づいたときの報告の流れを整え、必要に応じて医療機関へ相談する体制にしました。
なお、感染症対策に関する委員会の開催、指針の整備、研修や訓練の実施の基準は、サービスの種類や制度改正によって異なる場合があります。見直しを行う際は、最新の基準や通知を確認し、指定権者(都道府県・市町村)や専門家に確認したうえで進めてください。
数字で見る変化の見通し
ここでは、あくまで仮定の数字で、備えにかかる費用と、感染症の発生時に起こり得る影響を比較してみます。まず、職員の欠勤です。16名のうち4名が欠勤すると、4名÷16名=25%です。
次に、備えの費用です。時間単価を1,600円と仮定します。衛生用品の備蓄に月1万5,000円をかけると、年間で18万円です。研修を1時間、職員16名が受けると、16名×1時間×1,600円=2万5,600円です。訓練を1.5時間、16名が受けると、16名×1.5時間×1,600円=3万8,400円です。
委員会を年2回、1時間ずつ、5名で開くと、2回×5名×1,600円=1万6,000円です。合計は、18万円+2万5,600円+3万8,400円+1万6,000円=26万円です。
一方、感染症の影響で、5日間、サービスの提供を休止したと仮定します。利用者22名、1人1日あたりの報酬を1万2,000円と仮定すれば、22名×5日×1万2,000円=132万円の減収になります。132万円÷26万円は、約5.1倍です。
ただし、これは説明のための単純な試算です。実際には、休止の判断や期間、報酬の算定の扱い、臨時の人員の費用などによって変わります。備えをしても、感染症の発生や拡大を確実に防げるわけではありません。大切なのは、備えにかかる費用と、発生時に起こり得る影響の大きさを、運営者が把握しておくことです。
運営者が特に気をつけた点
運営者として特に気をつけたのは、次の点です。まず、手順書を作ることを目的にしないことです。職員が実際に使えるかどうかを確認するため、訓練のなかで手順書を見ながら動いてもらい、分かりにくい部分を修正しました。
次に、感染した職員や利用者を責めない雰囲気をつくることです。体調不良を言い出しにくい環境では、報告が遅れ、広がりやすくなります。早めに申し出た職員が、不利益を受けないよう、休みやすい体制も整えました。さらに、利用者やご家族への説明の仕方を、事前に決めておきました。
実践アドバイス
同じような課題を抱える運営者の方に、次のような順序をお勧めします。まず、今ある指針と手順書を、新しく入った職員の目線で読んでみてください。次に、発生時の連絡先と、連絡する人を、一枚にまとめて、全員が見られる場所に掲示してください。
一方で、一度にすべてを整えようとすると、現場の負担が増えます。まず、連絡の流れと、嘔吐物の処理の基本から始め、訓練を重ねながら、範囲を広げていくことが大切です。食事中のむせが続く場合や、発熱、痰の増加がみられる場合は、早めに医師などの専門職へ相談する流れも、あわせて確認してください。
運営者のためのチェックリスト
- ご自身の事業所を振り返るときの観点です。
- 感染症の発生時に、誰が誰に連絡するかが、決まっているか。
- 指針や手順書を、全職員が読んで、内容を知っているか。
- 委員会、研修、訓練が、定められた間隔で行われているか。
- 職員が欠けたときに、優先する支援と縮小する活動が決まっているか。
- 体調不良を、職員が言い出しやすい環境か。
- 利用者の健康の変化を、報告する流れがあるか。
まとめ
感染症への備えは、担当者の経験に頼らず、連絡の流れ、委員会、研修と訓練、職員が欠けたときの運営の継続、日頃の健康観察を、仕組みとして整えることが基本です。備えの費用は、発生時の影響と比べて小さく見積もられることが多いですが、感染を完全に防げるわけではないため、発生後の対応を含めて準備することが重要です。
なお、制度や基準は、サービスの種類や制度改正によって変わることがあります。実際に見直しを行う際は、最新の基準や通知を確認し、不明な点は指定権者(都道府県・市町村)や専門家に確認したうえで進めてください。
災害時も含めた事業継続の備えは BCPを実際に動く形にした事例、研修を計画的に積み上げる方法は 年間研修計画と記録の事例、体調不良による欠席を実利用率から見直す考え方は 実利用率のコラム、食事中のむせなど日頃の変化への気づきは 誤嚥・窒息事故を防ぐ事例 もあわせてご覧ください。
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