新規事業所を開所したが、半年間ずっと赤字だった|「満床になった姿」ではなく「満床になるまでの時間」を計画し、立ち上げ期の資金ショートを防いだ生活介護事業所(運営者・法人代表向け)
※本記事は障害福祉法人の新規事業所開設で起こり得る課題をもとにした架空のモデル事例です。数値・金額・利用者数の推移は考え方を説明するための想定値であり、特定法人の実績ではありません。実際の報酬単価、加算、人員配置基準、指定申請の時期、報酬の入金時期、資金調達の条件は、サービス種別・自治体・金融機関等によって異なります。事業計画や資金調達については、指定権者、金融機関、税理士・社会保険労務士等の専門家へ必ず確認してください。
はじめに――「満床になれば黒字です」と言っていた
グループホームと生活介護を運営する障害福祉法人。地域の需要を感じた法人代表は、定員20名の生活介護事業所を新たに開所することを決めました。事業計画書には、満床時の月次収支が書かれています。月間売上480万円、月間費用420万円、月間利益60万円。
法人代表は、「満床になれば黒字です。半年もあれば軌道に乗るでしょう」と話していました。ところが開所から3か月。月末の預金残高を見ると、予想以上に減っています。利用者は少しずつ増えています。大きな事故も、職員の大量退職もありません。
それなのに、毎月、口座からお金が減っていきます。法人代表は、既存の生活介護事業所の収益で新事業所の赤字を埋めていましたが、このままでは、既存事業所の給与支払いにも影響しかねない状況でした。問題は、新事業所が悪い運営をしていることではありませんでした。事業計画が、「満床になった後の姿」だけで作られていたことでした。
1.改善前の状況――計画書にあったのは「満床時の月次収支」だけだった
事業計画書を確認すると、書かれていたのは、定員20名が毎日利用した場合の売上、固定費、変動費、そして月60万円の利益でした。ここには三つの大きな抜けがありました。一つ目は、開所直後の利用者数です。計画書には、「開所後6か月で満床」とだけ書かれていました。
月ごとに何人利用する想定なのかはありません。二つ目は、報酬が入金されるまでの時間です。サービスを提供した月の収入が、その月に預金へ入るわけではありません。多くの場合、請求から入金まで時間があります。一方、職員の給与、家賃、光熱費、車両費、食材費は、サービス提供と同じ月から支払います。
三つ目は、満床になっても利益が小さいことでした。月60万円の利益は、売上480万円に対して12.5%。利用者が想定を下回れば、すぐに赤字になる薄い構造です。
2.原因分析――なぜ立ち上げ期に資金が尽きそうになるのか
原因①計画が満床時の姿だけで作られていました。事業計画というと、安定稼働した状態を描きがちです。しかし経営者が本当に管理しなければならないのは、そこへ到達するまでの期間です。原因②損益と資金繰りを同じものとして考えていました。
損益計算書上の赤字が960万円でも、報酬の入金が遅れる分、現金の不足額はそれより大きくなります。この差を計画していませんでした。原因③固定費が開所日から発生することを軽視していました。指定基準上、サービスを提供するためには、利用者が3人でも17人でも、必要な職員体制を整えなければなりません。
つまり、利用者が少ない時期ほど、1人あたりの負担は重くなります。原因④初期投資と運転資金を分けていませんでした。内装、備品、車両、採用費、広告費は開所前の初期投資です。一方、開所後に必要になるのが、利用者が増えるまでの赤字を支える運転資金です。
計画書では、これらがひとまとめになっていました。原因⑤撤退や修正を判断する基準がありませんでした。「あと少しで利用者が増えるはず」と考え続け、いつ営業方針を変えるのか、いつ追加の資金手当てを判断するのか、誰も決めていませんでした。
3.具体的な改善策①――開所前に「3つの表」を作る
最初に行ったのは、事業計画書へ三つの表を追加することでした。一つ目は、月ごとの平均利用者数を並べた「利用者ランプアップ表」です。二つ目は、その利用者数に応じた売上と費用を計算した「月次損益表」です。三つ目は、報酬の入金時期と支払時期を反映した「月次資金繰り表」です。
特に重要なのは三つ目です。損益は、「儲かっているか」を見る表です。資金繰りは、「会社が支払いを続けられるか」を見る表です。どちらも経営者には必要ですが、立ち上げ期に法人を守るのは資金繰り表です。
4.具体的な改善策②――損益分岐利用者数を先に計算する
次に、一日あたり何人利用すれば赤字を脱するのかを計算しました。モデルでは、月間の固定費を380万円、1利用日あたりの収入を12,000円、1利用日あたりに追加でかかる給食・消耗品等を1,000円、月の営業日を20日と仮定します。
1利用日あたりの収入から変動費を引くと11,000円。月間の損益分岐利用日数は、380万円÷11,000円で約345利用日。営業日20日で割ると、一日平均約17.3人です。定員20名に対して約86%。つまり、この事業所は、定員の86%を超えて初めて黒字になる構造だったのです。
ここで法人代表は気付きました。満床でも月60万円しか残らない。しかも黒字になるには平均17.3人が必要。この計画には、余裕がほとんどありませんでした。そこで、利用者が想定を下回った場合に備えて、費用構造の見直し、必要な体制整備、報酬上の評価について、指定権者等へ確認しながら再検討することにしました。
5.具体的な改善策③――ランプアップ計画を「月ごと」に書き、資金不足額を出す
モデルでは、開所後6か月間の平均利用者数を、1か月目3人、2か月目6人、3か月目9人、4か月目12人、5か月目14人、6か月目16人と仮定しました。1人増えるごとの月間収入は、1日1人あたり12,000円×20日で24万円。
変動費を引いた限界利益は、1人あたり22万円です。月ごとの損益は、利用者数×22万円-380万円で計算できます。1か月目はマイナス314万円、2か月目はマイナス248万円、3か月目はマイナス182万円、4か月目はマイナス116万円、5か月目はマイナス72万円、6か月目はマイナス28万円。
6か月間の損益上の赤字は合計960万円です。ここまでは、多くの法人が計画に入れているかもしれません。しかし、法人代表が驚いたのは次の数字でした。報酬の入金が、提供月の2か月後になると仮定すると、6か月目時点で、まだ入金されていない売上が5か月目と6か月目の分、合計720万円あります。
そのため、現金の不足額は、960万円に720万円を加えた約1,680万円。さらに7か月目以降も入金の遅れが続くため、資金不足は、このモデルで約1,800万円まで膨らみます。損益上の赤字は960万円なのに、実際に必要な運転資金は約1,800万円。この差を知らないまま開所していたのです。
6.具体的な改善策④――開所前の利用者確保を「計画値」に入れる
資金不足を小さくする最も効果的な方法は、開所初月から利用者がいる状態をつくることでした。開所予定日の数か月前から、相談支援事業所等へ開所予定、サービス内容、受入可能な曜日、送迎範囲を丁寧に説明します。本人や家族へは、見学会、体験の機会等を通じて、事業所を知ってもらいます。
もちろん、本人の意向、支給決定、個別支援計画、指定の状況などを踏まえ、無理な勧誘や、確定していない契約を前提とした計画は避けなければなりません。モデルでは、このような開所前の準備によって、開所初月の平均利用者数が3人から8人になり、その後も、1か月目8人、2か月目11人、3か月目13人、4か月目15人、5か月目16人、6か月目17人と推移したと仮定します。
この場合、6か月間の損益上の赤字は約520万円。資金不足のピークは約1,350万円。当初の想定と比べて、損益で約440万円、資金不足で約450万円改善します。黒字化の時期も、1か月ほど早まる計算です。利用者を増やすための営業は、開所後ではなく、開所前に始める。これが立ち上げ期の経営を大きく変えます。
7.具体的な改善策⑤――人員配置は「基準を満たす範囲」で段階を考える
固定費の大部分は人件費です。利用者が少ない開所初期に、すべての職員を常勤で配置すると、負担は大きくなります。一方で、指定基準上必要な人員配置を満たさなければ、サービスを提供することはできません。また、利用者へ安全で質の高い支援を提供するという前提を崩すことも許されません。
そこで、必要な配置基準を確認したうえで、基準を満たす範囲で、採用時期、勤務形態、兼務の可否を検討します。ここで重要なのは、自己判断をしないことです。常勤換算、兼務、非常勤の扱い、管理者やサービス管理責任者の配置などは、サービス種別や自治体の運用によって異なる場合があります。
指定権者へ事前に確認し、基準を満たしていることを確認してから、計画へ反映します。「人件費を削る」ではなく、「基準を守りながら、利用者数の増加に合わせて体制を整える」という考え方です。
8.具体的な改善策⑥――運転資金は「開所前」に確保する
資金不足が見えたら、その手当てを開所前に済ませます。開所後に赤字が出始めてから金融機関へ相談しても、実績がない新事業所では、条件が厳しくなることがあります。必要な運転資金は、資金繰り表で計算した資金不足のピークに、一定の余裕を加えた額を目安に考えます。
モデルでは、ピークが約1,800万円なので、さらに利用者の増加が遅れる場合も想定し、余裕を持った準備が必要です。資金調達の方法、金額、返済開始時期は、金融機関や専門家へ相談し、返済が黒字化前に重なりすぎないよう、返済計画も考えます。
もう一つ重要なのは、既存事業所の収益に頼りすぎないことです。新規事業所の赤字を既存事業所の収益で支える場合でも、既存事業所の給与、設備更新、サービス品質を犠牲にしてはいけません。法人全体の資金繰り表を作り、新規事業所が既存事業所へ与える影響を毎月確認します。
9.具体的な改善策⑦――3か月ごとの「修正ライン」を決めておく
計画通りに進まないことは、立ち上げ期ではむしろ普通です。大切なのは、計画から外れたときに、何をするかを事前に決めておくことです。例えば、3か月目の平均利用者数が9人を下回った場合は、相談支援事業所等への情報提供の方法を見直す、送迎範囲を再検討する、見学や体験の導線を確認する。
6か月目の平均利用者数が14人を下回った場合は、追加の運転資金の準備を確認する、費用構造を見直す、サービス内容や対象とする利用者像を再検討する。これらを、開所前に法人の理事会等で決めておきます。そうすれば、赤字が拡大してから慌てて議論するのではなく、数字があらかじめ決めた線を下回った時点で、冷静に次の行動へ移れます。
事業を続けるか、見直すかの判断は、感情ではなく、数字と基準で行うことが、法人全体を守ることにつながります。
10.改善結果――赤字は避けられなかったが、資金は尽きなかった
このモデル事例では、開所前の準備を重ね、資金繰り表に基づいて運転資金を確保しました。開所後の平均利用者数は、計画通りには進みませんでしたが、修正ラインを設定していたため、3か月目の時点で情報提供の方法と送迎範囲を見直すことができました。
結果として、開所から約7か月目に、月次損益が黒字へ転じたと想定します。立ち上げ期の赤字は避けられませんでしたが、運転資金が尽きることはなく、既存事業所の給与支払いにも影響は出ませんでした。法人代表は、「事業計画書に、満床の姿ではなく、満床になるまでの毎月の預金残高が書かれているだけで、これほど経営の見え方が変わるとは思いませんでした」と話しました。
※上記はモデル事例としての想定です。1利用日当たり12,000円、月間固定費380万円、報酬の入金を提供月の2か月後とする前提などは説明用の仮の数字で、実際の報酬・加算・入金時期は障害支援区分や利用定員、地域、算定する加算などによって異なります。報酬・人員配置基準の要件は最新の告示と所管の行政窓口で必ず確認してください。資金調達・税務は金融機関や税理士等の専門家にご相談ください。施設の状況によって結果は異なり、同様の成果を保証するものではありません。
11.コンサルタントの視点――新規開設で経営者が最も見落とす数字
新規開設の相談で、事業計画書に必ず書かれているのは、満床時の売上と利益です。しかし、経営者の意思決定にとって本当に重要な数字は、別のところにあります。損益分岐点は何人か。満床になるまで何か月かかる想定か。その間の資金不足はいくらか。
資金不足を、いつ、誰が、どう手当てするのか。想定を下回ったとき、どの時点で何を見直すのか。これらは、満床時の利益を眺めているだけでは分かりません。もう一つの重要な視点は、新規開設が法人全体へ与える影響です。管理者や中堅職員を新規事業所へ異動させれば、既存事業所の支援体制が弱くなる可能性があります。
新規開設は、法人の成長戦略であると同時に、既存事業所の質を守る力が試される局面でもあります。事業を広げるかどうかの判断では、「やれるかどうか」より先に、「失敗しても法人が続くかどうか」を確認する。これが経営者の仕事です。
12.今回のテーマに特化した実践アドバイス
いま事業計画書をお持ちなら、次の三つを確認してください。一つ目、開所後6か月目、9か月目、12か月目の平均利用者数が、月ごとに書かれているか。二つ目、同じ月の預金残高の見込みが書かれているか。三つ目、預金残高が最も少なくなる月と、その金額が分かっているか。
もし書かれていなければ、まず、簡単な表で構いません。縦に月、横に、利用者数、売上、費用、入金、支払い、月末預金残高を並べてください。計算が難しければ、税理士や経営コンサルタントなどの専門家と一緒に作ってください。完璧な予測は不要です。一度、悪い場合の数字を見ておくだけで、開所前に打てる手が見えてきます。
新規開設・資金繰りチェックリスト
- 満床時だけでなく月ごとの利用者数計画がある。
- 損益分岐利用者数を計算している。
- 満床時の利益率を把握している。
- 損益計算と資金繰りを分けて考えている。
- 報酬の入金時期を確認している。
- 固定費が開所日から発生することを織り込んでいる。
- 初期投資と運転資金を分けている。
- 資金不足のピーク月とその金額を把握している。
- 開所前に利用者へ事業所を知ってもらう準備をしている。
- 無理な勧誘や未確定の契約を前提にしていない。
- 指定基準上必要な人員配置を確認している。
- 兼務や非常勤の扱いを指定権者へ確認している。
- 運転資金の調達を開所前に相談している。
- 返済開始時期を黒字化後で検討している。
- 3か月目・6か月目の修正ラインを決めている。
- 修正ラインを下回ったときの行動を決めている。
- 既存事業所への影響を確認している。
- 法人全体の資金繰り表がある。
- 理事会等で計画と実績を定期的に確認している。
13.まとめ――新規事業所は「定員」ではなく「時間」で計画する
新規事業所を開く。定員20名。満床になれば黒字。この計画は、間違っていないかもしれません。しかし、定員は、事業所が到達できる最大の数字にすぎません。そこへ至るまでには、利用者が少ない時期、固定費は発生する、報酬の入金は遅れる、計画は思い通りに進まない、という時間があります。
その時間を、どれだけ具体的に見通せるか。それが、立ち上げ期を生き残る力になります。障害福祉は、利用者の生活を支える事業です。事業所が資金難で突然サービスを縮小すれば、最も困るのは利用者と家族です。だからこそ、運営者には、理想の姿を描く力と同じだけ、うまくいかない場合を想定する力が求められます。
新規開設の事業計画を、「定員を満たした姿」から、「満床になるまでの毎月の預金残高」へ。この視点の転換が、利用者へ安定したサービスを届け続けるための、最も重要な経営判断の一つになります。
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