「廃止」を検討していたB型事業所が存続できた2年|下請け1社依存から自主製品へ、工賃が2倍以上になるまで
——「このままでは閉める」という決断の前夜に始まった再生の記録
【エビデンスと予測の区別について】
・登場する人物・法人は架空です(実際のコンサル支援先を参考に加工)。
・工賃の全国平均は厚生労働省の公表資料に基づきます(出典明示)。
・事業所の数値はすべて参考値です。施設規模・地域・作業内容により大きく異なります。
・「仕事の質の改善が工賃向上・存続につながる」という記述は本事例の観察に基づきます。
・筆者の経験・推測は「(筆者推測)」と本文中に明示します。
問題発生——「来月、廃止を理事会に諮ろうと思っています」
「正直に言います。来月の理事会で、このB型の廃止を提案しようと思っています。続けても赤字が深まるだけで、利用者さんにも申し訳ない」——就労継続支援B型(定員18名)を運営する法人の理事長から電話が入ったのは、年度末を3か月後に控えた1月の夜でした。
廃止を検討していた時点の状況(参考値)
- 【財務】月間収益 約280万円(報酬収入+作業収入)/月間支出 約316万円/月間収支 △約36万円/2期連続赤字・累積損失 約860万円
- 【工賃】平均工賃月額 約6,400円
- 【作業】発注元は1社のみ(部品の仕分け・袋詰め)/その1社から「来年度の発注量を半減する可能性がある」との連絡を受領済み
収入の柱が1社の下請けに集中し、その1社が発注を絞ろうとしている。工賃も上げられない。理事長が「もう手がない」と考えたのは、無理のない状況でした。
(コンサルへの電話)
理事長「利用者さんに申し訳ない気持ちはあります。でも赤字が続いて、発注まで減る。もうどうにもならないと思って」
コンサル「廃止を決める前に、3か月だけ時間をください。3か月やってみて見通しが変わらなければ、廃止の判断を一緒にしましょう。でも今は、まだわからない」
理事長「……3か月で、何ができますか?」
コンサル「まず現場を見せてください。今の作業の状況を見てから話しましょう」
前提として——B型の工賃の全国水準はどのくらいか
自事業所の工賃が高いのか低いのかを判断するには、全国の水準を知っておく必要があります。厚生労働省が毎年度公表している実績によると、就労継続支援B型事業所の平均工賃月額は次のとおりです。
| 区分 | 令和4年度 | 令和5年度 |
|---|---|---|
| 全国平均 | 17,031円 | 22,649円 |
| 神奈川県 | 15,795円 | 21,661円 |
出典:厚生労働省「令和5年度工賃(賃金)の実績について」。【重要】令和6年度の障害福祉サービス等報酬改定により、平均工賃月額の計算方法が変更されています。令和4年度までは前年度の「工賃支払対象者数」を分母に用いていましたが、利用日数が少ない方を受け入れる事業所へ配慮する趣旨で、前年度の「一日当たりの平均利用者数」を分母とする方式が導入され、令和5年度からはこの新しい方式による数値が反映されています。そのため令和4年度以前と令和5年度以降の数値を単純に比較することはできません。また過年度の実績値は後から修正されることがあります(令和5年度の全国平均は23,053円から22,649円に修正されています)。自事業所の位置づけを確認する際は、最新の公表資料をご参照ください。
なお、就労継続支援B型は雇用契約を結ばない形態のため、A型と異なり最低賃金は適用されません。作業から得た収益が、そのまま工賃の原資になります。
現場を見て気づいたこと——問題は単価だけではなかった
翌日、作業室を見て、利用者と話し、職員に状況を聞いて、1時間後に理事長へお伝えしたのは次のことでした。
(現場視察後)
コンサル「一つ聞かせてください。利用者さんたちは、今の仕事が好きですか?」
理事長「……聞いたことがありませんでした」
コンサル「何人かに聞いてみました。『毎日同じことで飽きた』という方が半数以上いました。『もっと難しい仕事をやってみたい』という方もいました」
理事長「そうなんですか……」
コンサル「問題は単価が低いことだけではありません。利用者さんが仕事に誇りを持てていない。それが工賃にも、事業所の雰囲気にも出ています」
この視点の転換が出発点になりました。「工賃が低いから廃止」ではなく「工賃が低い理由を変える」——理事長の考えがそちらへ動き始めました。
緊急対応——まず「発注元1社依存」を解消する
対応①:新しい発注元を3か月で3社開拓
理事長と管理者が手分けして、地域の中小企業・商店・飲食店に仕事の依頼を呼びかけました。当初は断られることが続きましたが、「どんな仕事ができるか」を具体的に示した資料を持参するようにしてから、反応が変わってきました。
(地元の菓子店への訪問)
理事長「障害のある方たちが、丁寧な手作業を得意としています。お菓子の袋詰めや箱詰めを、うちでお手伝いできませんか?」
店主「障害のある方ですか……どんな方ですか?」
理事長「一度見学に来ていただけますか。実際に作業している姿を見ていただくのが一番早いと思います」
(1週間後、店主が見学。利用者の丁寧な作業に驚く)
店主「これなら頼めます。まず試してみましょうか」
3か月で新規発注元を3社開拓しました。菓子の袋詰め・農産物の選別・飲食店のランチ用食材の下処理——いずれも従来の部品仕分けより単価が高く、利用者からも「違う仕事ができる」という声が上がりました。
対応②:利用者の「得意なこと」を棚卸しする
作業の多様化と並行して、利用者18名全員に「得意なこと・やってみたいこと・苦手なこと」を個別面談で聞き取りました。
棚卸しの結果(参考)
- 細かい作業が得意:8名
- 人と話すのが好き・接客に興味がある:4名
- 料理・食品に関わる仕事をしたい:5名
- 外で体を動かす仕事がしたい:3名
- 絵を描くのが得意:2名
最大の発見は「接客に興味がある」という4名の存在でした。これが後の自主販売の起点になります。「利用者さんに聞いたことがなかった。聞けばこんなに教えてくれると思いませんでした」(管理者)。
根本的な変革——「下請け」から「自主製品」へ
発注元の分散に着手した3か月後、次のフェーズをご提案しました。下請け作業の単価を上げることには限界があります。自主製品を作って、自分たちで値段を決める仕事を始めましょう——という提案です。
自主製品①:手作りクッキーの製造・販売
料理に興味がある利用者5名を中心に、手作りクッキーの製造・販売を始めました。レシピは管理栄養士のボランティアに協力してもらい、職員が衛生管理の研修を受けたうえでのスタートです。
【重要】食品を製造して販売する場合、食品衛生法に基づく営業許可(菓子製造業など)や、施設・設備の基準を満たす必要があります。取り扱う品目や販売の形態によって必要な手続きが異なりますので、着手前に必ず管轄の保健所にご相談ください。
(販売初日・近隣の公民館マルシェにて)
利用者「(お客さんに)どうぞ、試食してみてください。手作りです」
お客さん「おいしい! これ、あなたたちが作ったんですか?」
利用者「はい! 私が焼きました!」
お客さん「すごいですね。では2袋ください」
利用者(戻ってきて)「売れた! 売れたよ!」
(作業室に歓声が上がる)
「あの『売れた!』という声が、この事業所の転換点でした。工賃が増えたことよりも、表情が変わった。仕事に誇りが生まれた。その瞬間を見て、廃止しなくてよかったと思いました」と理事長。
自主製品②:「接客チーム」の結成
「接客に興味がある」という4名でマルシェ出店の接客チームを結成しました。名刺を作り、チーム名をつけ、販売の際は必ず接客チームが前に出る運営にしました。「初めて『自分には役割がある』と思えた」という言葉が、理事長にとって何より大きなフィードバックだったそうです。
【接客チームの利用者の言葉(販売開始3か月後)】
「以前は毎日同じ仕分け作業で、来るのが辛いと思っていました。今はマルシェの日が楽しみで、前の日から何を話そうか考えています。お客さんに『おいしかった』と言われると、次もがんばろうと思えます。この仕事、やめたくないです」
廃止検討から2年後——数字の変化
| 指標 | 廃止検討時 | 1年後 | 2年後 |
|---|---|---|---|
| 平均工賃月額 | 約6,400円 | 約9,800円 | 約14,200円 |
| 発注元の数 | 1社 | 4社 | 6社+自主販売 |
| 自主製品の月間売上 | 0円 | 約38,000円 | 約82,000円 |
| 月間収支 | △約36万円 | △約12万円 | +約8万円(黒字転換) |
| 「来るのが楽しい」と答えた方 | 把握なし | 18名中12名 | 18名中17名 |
※ 上記はすべて参考値です。事業所の規模・地域・作業内容・受注環境によって大きく異なります。改善の要因は複合的であり、同様の成果を保証するものではありません。また、平均工賃月額は令和6年度報酬改定で算定方法が変更されているため、全国平均との比較は年度をまたぐと単純には行えません。ここでは同一事業所の推移としてご覧ください。長期的な維持には継続的な取り組みが必要です。
【理事長の2年後の言葉】
「廃止を決断する前夜に電話して、本当によかった。3か月だけ試してみると言われたとき、正直半信半疑でした。でも現場を見て、利用者さんの話を聞いて、仕事を変えたら、数字だけでなく事業所全体が変わりました」
「一番悔やんでいるのは、利用者さんに『何をしたいか』を聞いてこなかったことです。接客の才能を持っている方がいることを、私は知らなかった。聞かなかっただけで、知れていたはずなのに」
「廃止していたら、あの笑顔は見られませんでした。それだけは避けられて本当によかった」
この事例から学べること——廃止を判断する前に確認したい5点
- ① 発注元は何社あるか/1社依存であれば、分散が最優先の課題になります
- ② 工賃が低い「本当の理由」は何か/単価が低いのか、作業時間が少ないのか、利用者の力が活かされていないのか
- ③ 利用者に「何をしたいか」を聞いたことがあるか/得意なこと・やりたいことを把握しないまま廃止を検討するのは早計です(筆者推測)
- ④ 自主製品・自主販売の可能性を検討したことがあるか/下請けの単価に縛られない収益のつくり方があります
- ⑤ 工賃向上計画が「形式」ではなく「実質」として機能しているか/毎月見直しているか、利用者と工賃の目標を共有できているか
廃止は最後の判断です。この5点を確認せずに決めることは、利用者・職員・地域への影響を十分に検討しないまま結論を出すことになりかねません(筆者推測)。
まとめ——決断の前に、一度だけ現場に立ってみてほしい
この事例が示しているのは、数字だけを見て廃止を決めると、取り返せないものを失うことがあるということです。
B型事業所の経営が厳しくなる理由の多くは、「作業の単価が低い」「発注元が少ない」「利用者の力が活かせていない」という構造的な問題です(筆者推測:支援現場での観察に基づくものです)。いずれも、手の打ちようがある論点です。
「このB型を続けるべきか、廃止すべきか悩んでいる」という方は、決断の前にまず現場に立ってみてください。そして利用者に「何をしたいですか?」と聞いてみてください。そこから見えてくるものが、答えを変えることがあります。
※ 本記事は経営改善の観点から事例を整理したものです。食品製造・販売にかかる営業許可は保健所、事業の廃止・変更に関する行政への届出書類の作成代行は行政書士、税務は税理士、労務は社会保険労務士の領域です。Engoodは、収支の見立て・作業設計・販路づくり・工賃向上計画の実質化といった経営面のご支援を行い、士業の業務を代行することはありません。加算や制度の取扱いは自治体により異なるため、必ず所管の行政窓口でご確認ください。
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