「送迎できません」で断っていた問い合わせを売上に変える|送迎エリアを“距離”ではなく“時間とルート”で再設計した生活介護事業所
※本稿は複数の障害福祉現場で起こり得る課題をもとに構成した架空のモデル事例です。特定法人の実績ではありません。金額・人数等は改善手法を説明するための想定値です。
はじめに――問い合わせはある。それなのに利用者が増えない
定員20名の生活介護事業所。月に数件の問い合わせがあり、見学希望もあります。ところが半年間、新規契約はほとんど増えていませんでした。管理者は、「地域に利用者が少ないのではないか」と考えていました。
そこで過去6か月の問い合わせ記録を確認すると、別の問題が見つかりました。問い合わせ17件のうち、5件が、「送迎が難しい」という理由で見学前に終了していたのです。
施設では開設当初から、「原則、事業所から半径5km以内」を送迎範囲としていました。しかし、その5kmに明確な根拠はありません。逆に4kmの場所でも渋滞のため往復に時間がかかる地域があり、6km離れていても幹線道路を使えば短時間で到着できる地域がありました。
つまり施設は、利用者を断っていたのではありません。昔決めた送迎ルールによって、潜在的な利用者を断っていたのです。
改善前の状況――送迎範囲は「昔から5km以内」
問い合わせを受けた職員は住所を確認します。5kmを超えている、すると、「申し訳ありません。当事業所の送迎範囲外です」と回答していました。そこで問い合わせは終了します。記録にも、「送迎範囲外」とだけ残っていました。
しかし、本人が何曜日に利用したいのか、週何日を希望しているのか、家族送迎が一部可能なのか、近くに既存利用者がいるのか、別ルートへ組み込めないのかといった確認はしていませんでした。
原因分析――送迎を「支援」ではなく「固定条件」と考えていた
原因は大きく三つありました。
第一に、距離だけで判断していました。5kmという線を地図上に引き、その外側を一律に断っていました。しかし送迎で重要なのは距離だけではありません。所要時間、道路状況、乗降時間、車両、既存ルートとの組み合わせなどで負担は変わります。
第二に、断った問い合わせを経営データとして見ていませんでした。「送迎不可」で終了した問い合わせは、その後分析されていませんでした。しかし5人から問い合わせがあった地域なら、そこには潜在需要が存在する可能性があります。
第三に、送迎担当者と管理者が別々に考えていました。管理者は利用者を増やしたい。送迎担当者は現在のルートを守りたい。この二つを一緒に検討する場がありませんでした。
改善策① 半年分の「断った問い合わせ」を地図に落とす
最初に新しい営業を始めたのではありません。過去の問い合わせを整理しました。住所を大まかなエリア単位で分類し、送迎不可、曜日不一致、定員、支援体制、本人希望との不一致、その他と、利用につながらなかった理由を分けました。
すると、「送迎不可」が特定の地域に集中していることが分かりました。ここで初めて、「この地域へルートを一本延ばせば、複数の利用ニーズに対応できる可能性がある」という経営課題として見えるようになりました。
改善策② 「半径○km」を「追加○分以内」に変える
送迎可能性を、距離だけで判断する方法をやめました。代わりに、現在の送迎ルートから何分追加されるか、乗車時間が本人にとって過度な負担にならないか、他利用者の乗車時間が延びすぎないか、車椅子対応車両が必要か、職員の勤務時間内で運行可能かなどを確認します。
ここで大切なのは、送迎範囲を無制限に広げることではありません。遠方の利用者1名のために職員1名と車両1台が長時間拘束されれば、売上が増えても利益が減る可能性があります。そこで「利用できるか」だけでなく、「持続可能な送迎か」まで判断しました。
改善策③ 新規利用者を単独で迎えに行かない
例えば、新規利用希望者Aさんの自宅まで単独往復すると30分必要だとします。これだけを見ると非効率です。しかし既存利用者Bさんの送迎ルートを変更すると、追加時間が8分で済むことが分かりました。さらに同じ地域から別の問い合わせがあれば、一つの送迎ルートとして成立する可能性があります。
そこで問い合わせ時に、「送迎範囲外です」と即答するのではなく、「現在の送迎ルートを確認して回答します」という運用へ変更しました。
改善策④ 相談支援事業所へ「空きがあります」ではなく具体的に伝える
送迎体制を見直した後、相談支援事業所等への案内も変更しました。従来は、「生活介護、空きがあります」だけでした。改善後は、「○○方面の火・木曜日について送迎を調整できる可能性があります」など、実際の受け入れ条件が伝わる情報にします。
営業とは施設の名前を何度も知らせることではありません。相談支援専門員が『あの利用者に合うかもしれない』と具体的に想起できる情報を提供することです。
売上への効果を試算する
モデルケースとして、送迎改善によって新規利用者2名がそれぞれ週4日利用したとします。説明を単純化するため、1利用日当たりの事業所収入を仮に12,000円として計算します。
2名×週4日×4週間×12,000円=月額384,000円の増収。年間単純換算では、約460万円です。もちろん実際には営業日、欠席、個別の報酬、加算、送迎コスト、人件費等によって変動します。
重要なのはここからです。追加送迎に月10万円かかるなら、その費用も計算します。売上増加額ではなく、増収に必要な追加コストまで見る。これが福祉事業の売上改善を利益改善につなげるポイントです。
※上記はモデル事例としての想定です。1利用日当たり12,000円は説明用の仮の金額で、実際の報酬・加算は障害支援区分や利用定員、地域、算定する加算などによって異なります。最新の告示と所管の行政窓口で必ず確認してください。施設の状況によって結果は異なり、同様の成果を保証するものではありません。
改善結果――「送迎範囲外」が営業情報に変わった
モデル事例では、送迎ルートを再設計することで、従来なら断っていた地域から2名を受け入れられたと想定します。
さらに大きな変化は、問い合わせ管理でした。以前は、「断った問い合わせ=終了」でした。改善後は、「なぜ利用できなかったか」を蓄積します。同じ地域から問い合わせが3件続けば、新ルートを検討する。同じ曜日の希望が続けば、曜日別受け入れ体制を見直す。断った問い合わせそのものが、次の経営改善情報になったのです。
コンサルタントの視点――売上の種は「断った理由」の中にある
経営が苦しくなると、広告を出す、ホームページを作る、営業訪問を増やす、と考えがちです。しかしその前に見るべき数字があります。すでに施設へ問い合わせたのに利用しなかった人たちです。
問い合わせをしている時点で、一定のニーズがあります。その人を、送迎、曜日、活動時間、見学日時、受け入れ体制といった施設側の事情だけで断っているなら、改善余地があるかもしれません。
新しい需要をゼロから探すより、すでに存在している需要を取りこぼしていないかを見る。これは障害福祉事業所の売上改善で非常に重要な視点です。
実践アドバイス
まず直近6か月の「利用に至らなかった問い合わせ」を全部並べてください。次に、送迎不可、曜日不一致、定員、支援体制など、断った理由を分類します。特に送迎については距離だけでなく、追加所要時間で再評価します。また、一人だけで採算を考えず、同一地域から複数利用者を組み合わせられないか検討します。そして相談支援事業所への情報提供も、「空いています」から「○曜日・○方面なら相談可能」という具体的な情報へ変えます。
チェックリスト
- 過去6か月の問い合わせ件数を把握している。
- 利用に至らなかった理由を記録している。
- 「送迎範囲外」の件数を把握している。
- 送迎範囲に明確な根拠がある。
- 距離ではなく所要時間も確認している。
- 既存ルートへの組み込みを検討している。
- 追加送迎コストを計算している。
- 断った問い合わせが集中する地域を把握している。
- 相談支援事業所へ具体的な受け入れ情報を伝えている。
- 新規利用による増収と増分費用を両方計算している。
まとめ――営業を増やす前に「断っている利用者」を見る
売上を増やしたいとき、新しい問い合わせを増やすことだけが営業ではありません。問い合わせはすでにある。利用希望もある。しかし施設側の仕組みが、その需要を受け止められていない。こうしたケースは改善余地があります。
今回のモデル事例で見直したのは送迎でした。「5kmを超えたから無理」から、「どうすれば安全かつ継続的に受け入れられるか」へ。この発想の転換によって、利用者に新しい選択肢が生まれ、施設には新しい売上が生まれます。
明日の営業会議では、新規営業先を考える前に一度、「この半年、私たちは何件の問い合わせを、どんな理由で断っただろう?」と確認してみてください。そこに次の売上が眠っているかもしれません。
問い合わせから利用開始までのどこで止まっているかを5段階で見る方法は 空きがあるのに利用につながらない、相談支援事業所への情報提供を見直した例は 相談支援事業所との連携で利用者紹介が倍増、空きが埋まらない理由を5つに分けた例は 「場所が悪い」で止まっていた生活介護が定員に近づくまでの2年、送迎時刻や乗車時間を欠席の理由から見直したモデル事例は 「欠席だから仕方ない」で終わらせない もあわせてご覧ください。
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