「辞めたい」と言った職員が残った施設|引き止めずに1時間聴いた面談で何が変わったか
——「引き止める」のではなく「聴く」ことが職員を変えた
- 退職の申し出に対して、引き止めの言葉を一度も使わなかった
- 1時間「聴く」だけに徹したことで、本当の退職理由が見えた
- 出てきた課題に具体策を返し、1年後には主任として新人育成を担うまでに変化
【エビデンスと予測の区別について】登場する人物・施設は架空です(実際のコンサル支援先を参考に加工しています)。「傾聴が離職防止につながる」という記述は本事例の観察に基づくもので、統制されたエビデンスではありません。筆者の経験・推測は本文中に「(筆者推測)」と明示しています。
施設が抱えていた課題——「辞めます」という一言
「辞めたいと思っています」——定員20名の生活介護事業所で3年間働いてきた主任支援員が、管理者にそう切り出したのは月曜日の朝でした。
管理者にとって、この主任は施設の中核職員でした。利用者からの信頼が厚く、新人の指導役でもあり、辞められたら施設の運営が成り立たないという存在です。「なんとか引き止めなければ」という気持ちが、最初に頭を占めました。
そして、その最初の面談は10分で終わりました。
主任支援員「辞めたいと思っています」
管理者(頭の中:なぜ? どうすれば引き止められる? 給料を上げると言えば?)
管理者「え……急ですね。理由を聞かせてもらえますか?」
主任支援員「いろいろ考えたんですが……」
管理者(頭の中:なんとしても引き止めなければ。でも何を言えばいい?)
管理者の頭の中は「引き止める言葉探し」で埋まっており、相手の話を聴く余裕がありませんでした。
原因分析——「引き止める」ことが目的になっていた
管理者はその日、コンサルに緊急相談しました。相談内容は「引き止めのために何を言えばいいか」でしたが、返ってきた答えは予想外のものでした。
「今日はまず、引き止めることを一回忘れてください。主任さんが何を感じているか、ただ聴くことだけに集中してください。『辞めてほしくない』という気持ちは、最後まで言わなくていい。まず、主任さんの言葉を全部聞ききる。それだけでいいです」
退職の申し出に対して管理者が焦るのは自然なことです。しかし「引き止める」ことが目的になると、面談は説得の場になり、相手が本当に困っていることは表に出てきません。辞めたい理由が分からないまま説得しても、条件で引き止めるしか手がなくなります。
実施した改善策——面談を「聴く場」に変えた3つのこと
① 面談をやり直し、1時間「聴く」だけに徹した
管理者はその日の夜、改めて「もう一度話を聞かせてほしい」と連絡し、翌日に60分の時間を取りました。
管理者「昨日は私が動揺して、ちゃんと聞けていませんでした。今日は主任さんの話を全部聞かせてください。途中で何も言いません」
主任支援員「……実は、最近、自分がここで何をしているのかわからなくなってきて」
管理者「何をしているかわからなくなってきた、というのはどういうことですか?」
主任支援員「利用者さんのことは好きです。でも最近、自分が成長できていない気がして。毎日同じことの繰り返しで、3年いるのに何も変わっていないような……」
管理者「3年いるのに変わっていない、という感覚があるんですね」
主任支援員「管理者には言いにくかったんですが……実は去年から感じていました」
管理者「去年から……そんなに長い間、一人で抱えていたんですね。言ってくれてよかった。もっと早く聞けばよかった」
主任支援員「いえ……でも、こうして聞いてもらえるとは思っていませんでした」
面談は1時間続きました。管理者は「引き止める言葉」を一度も言わず、ただ聴き続けました。ポイントは、相手の言葉をそのまま返して確認したこと(「3年いるのに変わっていない、という感覚があるんですね」)です。評価や反論を挟まないことで、相手はさらに奥の話をしてくれるようになります。
② 表面的な理由と、本当の気持ちを切り分けた
1時間かけて話してくれた内容を、面談後に管理者が整理しました。すると、最初に言われた退職理由と、実際に本人が抱えていたものが別だったことが分かりました。
| 最初に語られた「表面的な理由」 | 聴いていくうちに出てきた「本当の気持ち」 |
|---|---|
| 「いろいろ考えた末に」 | 「3年いるのに成長できていない気がする」 |
| 「次のステップに進みたい」 | 「主任になったが、何をすればいいかわからない」 |
| — | 「管理者に相談しにくい雰囲気があった」 |
| — | 「自分がここで必要とされているかどうか不安だった」 |
「辞めたい」は出口ではなく、SOSだったということです(筆者推測:この解釈は本事例の観察に基づくものです。すべての退職希望がSOSとは限りません)。
③ 引き止めではなく、出てきた課題に具体策を返した
管理者は、この時点でもまだ「辞めてほしくない」とは言いませんでした。代わりに、面談で出てきた課題に対して具体的な提案をしました。
- 主任としての役割を明文化する——「あなたに何を期待しているか」を書面で伝える
- 月1回の管理者との1on1面談を設ける——相談しにくさを構造的に解消する
- 外部の支援員向け研修への参加機会を作る——成長実感につながる場をつくる
管理者「主任さんが感じていた『成長できていない』という気持ち、私が何もしてこなかったことが原因だと思っています。今からでも変えられることを、一つずつ提案させてください」
主任支援員「……こんなに具体的に考えてくれるとは思っていませんでした」
管理者「改めて聞かせてください。もう少しだけ、一緒にやってもらえませんか」
主任支援員「……はい。やってみます」
引き止めの言葉を伝えたのは、課題への具体策を示した後でした。順番が逆だと「条件で引き止められた」という受け取り方になり、心が離れたまま在籍することになりかねません。
改善結果——1年後の変化
| 項目 | 面談前 | 面談から1年後 |
|---|---|---|
| 在籍状況 | 退職意向あり | 継続在籍 |
| 主任としての役割 | 「主任だが役割が不明確」 | 新人OJT・会議のファシリテートを担当 |
| 管理者との面談 | 「相談しにくい」 | 月1回の1on1(本人から話してくれる) |
| 本人の「成長実感」 | 「ない」 | 「外部研修を経て、支援の幅が広がった」(本人談) |
| 役割の伝え方 | 口頭のみ・期待が不明確 | 期待する役割を書面で明文化 |
※ 上記はコンサル支援先の事例をもとにした参考値です。「聴く面談」が退職意向の解消につながった背景には、本人個人の状況・施設の環境等の複合的な要因があります。同様の手法がすべての退職意向に有効とは限らず、同様の成果を保証するものではありません。
管理者の1年後の言葉
「あのとき引き止めようとしなくてよかった。引き止めていたら、仮に残っても心が離れたままだったと思います。聴くことで、本当の問題がわかった。問題がわかれば、対策できる。『辞めたい』と言ってくれたことに、今は感謝しています」
成功のポイント
- 最初の面談は「聴く」だけに使う——引き止めの言葉は、課題への具体策を示した後に伝えます
- 相手の言葉をそのまま返して確認する——評価や反論を挟まないことで、奥にある本音が出てきます
- 表面的な理由で対策を決めない——「次のステップに進みたい」の裏に別の課題があることは少なくありません
- 出てきた課題には具体策で応える——気持ちを聴くだけで終わらせず、役割・面談・研修といった形にします
自施設のセルフチェックリスト
次の5項目のうち、いくつ当てはまるでしょうか。
- □ 退職の申し出があったとき、まず理由を聴ききる時間を取っている
- □ 主任・リーダーに期待する役割を、書面で伝えている
- □ トラブルがなくても定期的に1on1の機会がある
- □ 職員が外部研修に参加できる機会をつくっている
- □ 「相談しにくい」と思われていないか、確認したことがある
まとめ——「辞めたい」は最後のSOSかもしれない
職員が「辞めたい」と言ってきたとき、管理者が最初にすることは「引き止めること」ではなく「聴くこと」です(筆者推測:傾聴が離職防止に有効という知見は組織心理学の研究でも言及されていますが、本事例への直接的な適用については観察に基づくものです)。
「辞めたい本当の理由」は、最初に言われた理由とは違うことが多い——これは多くのコンサル現場で観察されます(筆者推測)。聴ききることで見えてくる本当の課題に対処することが、離職防止の本質につながります。
「辞めたい」と言われたとき、まず1時間、何も言わずに聴くことを試みてください。それだけで、打つべき手が変わることがあります。
離職率が高い施設に共通する職場環境は 離職率が高い障害福祉施設に共通する3つの職場環境、逆に定着率が高い施設の共通点は 職員が「この施設で働き続けたい」と思う瞬間 をご覧ください。
本記事は「退職を申し出られた瞬間」の面談の記録です。平時から毎月15分の面談・朝礼での共有・新人教育担当制といった仕組みで離職率そのものを下げた組織改革は 離職率25%だった障害者施設が1年で8%まで改善した組織改革、中核職員が実際に退職した後の立て直しは サービス管理責任者(サビ管)が突然辞めた施設の立て直し をあわせてご覧ください。
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