売上は増えているのに資金が残らない|売上を分解し、加算は「取れるか」でなく「必要か」から見る
障害福祉の経営相談で意外に多いのが、「利用者は増えているのに、なぜかお金が残らない」というご相談です。
売上を見ると前年より増えている。利用者も減っていない。大きな設備投資をしたわけでもない。それでも月末になると資金繰りに余裕がない——このとき、売上を一つの数字として見ている限り、原因にはたどり着けません。
※ 本記事は、障害福祉の現場で起こり得る複数の課題をもとに再構成したモデル事例です。特定の施設・法人の実績を示すものではなく、記載の数値・内容は改善の考え方を分かりやすくするための想定値です。取り組みの効果は法人の規模・サービス構成によって異なり、同様の成果を保証するものではありません。
「売上が増えた」と「利益が増えた」は別のこと
ある法人では毎月、経営者と管理者による会議を行っていましたが、確認する数字は「今月の売上はいくらか」「利用者は何人か」「銀行残高はいくらか」という程度でした。前年同月より売上が増えていれば「今月も順調ですね」で終わります。
一方、現場の管理者は「職員が足りないので採用したい」「残業が増えている」「利用者が増えて忙しくなった」と訴えていました。経営者から見れば「利用者が増えて売上も増えているのだから、多少人件費が増えても問題ない」ように見えます。
ところが実際には、利用者の増加による収入以上に、人件費・残業・送迎関連費・食材費・消耗品費が増えている事業所がありました。売上の増加と利益の増加を同じものとして扱っていたことが、最初の問題でした。
売上を「利用者数 × 利用日数 × 一人当たり収入」に分解する
ここが本記事の中心です。売上高を一つの数字として見るのをやめます。
障害福祉サービスの収入はサービス種別や報酬体系によって異なりますが、経営管理の上では大きく「利用者数」「利用日数」「一人当たりの収入」に分解して考えることができます。
この分解が効くのは、売上が下がったときに打つ手がまったく変わるからです。
- 利用者そのものが減ったのか → 新規の受け入れ・退所防止の問題
- 欠席が増えたのか → 在籍しているのに来ていない。理由の把握が先
- 特定の曜日だけ利用が少ないのか → 曜日ごとの配置と受け入れの調整
- 算定の状況に変化があったのか → 要件の充足や届出の確認
「売上が下がったから営業する」と決める前に、売上が下がった原因を分解してから対策を決める。これだけで、効かない施策に時間を使うことが減ります。
▶ 欠席や曜日ごとのばらつきを実際に分解した内容は 「赤字曜日」を見つける|月次損益では見えない収支のずれを曜日別に分解する、新規の受け入れが途中で止まる原因の見つけ方は 空きがあるのに利用につながらない をご覧ください。
加算は「取れるか」ではなく「支援に必要か」から確認する
収入の改善というと、加算の見直しが挙がります。ただしここで、「取れる加算は全部取る」という考え方はおすすめしません。
順番はこうです。
- まず利用者の支援ニーズと、実際に提供している支援内容を確認する
- その支援を適切に提供する体制があるかを確認する
- その結果として、算定の要件を満たす可能性があるかを確認する
大切なのは、加算のために支援を作るのではなく、必要な支援を行い、その評価として適切な報酬を受けるという順番です。逆になると、要件を満たしきれないまま算定して、運営指導で返還を求められるリスクを抱えることになります。
あわせて、算定を開始した後も要件を継続して満たしているか——記録や人員配置に不備が出ていないか——を定期的に確認する体制を作っておきます。算定開始時点では満たしていても、職員の異動や体制の変更で崩れることがあります。
▶ 一方で、要件を満たしているのに届出をしていない、といった取りこぼしもよくあります。適正に取得するという意味では両方向の確認が必要です。取りこぼし側は 障害福祉サービスの加算の取りこぼしを防ぐには と 加算最適化支援 にまとめています。
※ 加算の算定要件・区分・加算率は、サービス種別や自治体の運用、報酬改定の内容によって異なります。実際の算定にあたっては、必ず最新の告示・通知と所管の行政窓口でご確認ください。
法人全体の黒字が、赤字の事業所を隠すことがある
複数の事業を運営している法人では、法人全体の損益だけを見ていると、事業所ごとの問題が見えません。
仮にA事業所が毎月80万円の利益を出していても、B事業所が毎月50万円の赤字なら、法人全体では30万円しか残りません。それでも「法人全体では黒字」です。この構造のまま、B事業所の問題が長期間見逃されることがあります。
しかもB事業所を分析すると、「利用者が少ないから赤字」という単純な話でないことが多くあります。曜日によって利用者数が大きく違う、利用者の少ない日にも同じ職員数を配置している、残業が特定の職員へ集中している、算定の可能性を検討すべき加算がある、送迎ルートに非効率がある、キャンセルが多い曜日がある——小さな問題が積み重なっているのが実情です。
必要なのは「経費を減らせ」ではなく、どこで収支構造が崩れているのかを見つけることです。
▶ 実際に事業所別の損益を初めて集計して、利用率・算定加算数・人件費率の差から原因を特定した事例は 複数事業所を持つ法人が「事業所間の数字の差」に気づいて改善した実例|合算の黒字に潜む赤字 にまとめています。数字の並べ方から入りたい方はそちらをご覧ください。
人件費は「減らす」より「有効に使う」
収支が悪いと、まず人件費の削減を考える法人があります。しかし障害福祉で安易に職員数を減らすことは、支援の質や安全性、職員の定着に影響します。
見るべきは「人が多いか少ないか」ではなく、利用者数と業務量に対して配置が合っているかです。午前中は送迎と受け入れで忙しい一方、午後の特定の時間帯には比較的余裕がある。反対に夕方へ記録業務が集中して残業が発生している——こうした場合、人数そのものではなく勤務の時間帯や業務分担を変えることで改善できる可能性があります。
人件費を下げることより、支払っている人件費を有効に使うことを先に考えます。
▶ 人件費率の見方と、収益増・残業削減・シフト最適化を三本柱で進めた実例は 人件費率が80%を超えた施設が70%台に戻した方法|人を減らさず構造を変える をご覧ください。
月次会議を「数字の報告」で終わらせない
「今月の売上は◯◯万円でした」で終わる会議は、報告会であって経営管理ではありません。
確認する数字を絞ったうえで(稼働の状況、利用の終了と新規、欠席の状況、人件費、残業時間、算定の状況、主要な経費、概算の収支)、数字が悪化した場合は「なぜ変化したのか」を一つだけ深掘りします。そして「誰が」「いつまでに」「何を確認するか」まで決めます。
数字から行動が変わって初めて、経営管理になります。
▶ 財務の数字をどこから見ればよいかは 月次試算表を読めなかった施設長が「数字で経営する」ようになった転機|まず5つの数字だけ で解説しています。
経営を考えることは、支援の質と対立しない
福祉の現場では「利益ばかり考えてはいけない」という意見が出ることがあります。利益を優先するあまり必要な支援を削ったり、安全性を下げたりすることは、当然避けなければなりません。
ただ、経営を考えないことが利用者のためになるわけでもありません。赤字が続けば、職員を採用できない、研修に出せない、設備を更新できない、ICTに投資できない。そして最悪の場合、事業を継続できなくなります。
安定した経営は、良い支援を続けるための基盤です。問うべきは「どこまで経費を削れるか」ではなく、「限られた経営資源を、利用者支援へ最も有効に使えているか」という視点です。
そして経営改善で生まれた余力を、採用・研修・ICT・設備更新・処遇改善へ再投資できれば、職員にも「なぜ経営改善が必要なのか」が伝わりやすくなります。ここが伝わらないまま数字の話だけを進めると、現場は「締め付け」としか受け取りません。
実践のポイント
- ① 複数事業所なら、事業所別の収支まで見る……好調な事業所が不調な事業所の赤字を隠していることがあります
- ② 売上増加時こそ経費の伸びを確認する……利用者の増加に伴って人件費・残業・送迎費・食材費がそれ以上に増えていないか
- ③ 「人件費率が高い」だけで人を減らさない……どの時間帯に、どの業務で、なぜ人が必要なのかを先に確認します
- ④ 経営数字はできるだけ早く現場へ戻す……数か月前の問題を指摘されても、管理者は原因を思い出せません。簡易でよいので翌月の早い段階で振り返ります
- ⑤ 生まれた余力の使い道を先に決めておく……採用・研修・ICT・処遇改善へ再投資すると、改善の意味が現場に伝わります
経営改善チェックリスト
- □ 法人全体だけでなく、事業所別の収支を確認している
- □ 月次の売上だけで経営状態を判断していない
- □ 利用者数と実利用日数を分けて見ている
- □ 曜日別の利用状況を把握している
- □ 人件費と利用状況を一緒に確認している
- □ 残業時間を金額と業務内容の両面から見ている
- □ 算定している加算の要件を定期的に確認している
- □ 加算を「支援に必要かどうか」から検討している
- □ 主要な経費の前年差・前月差を確認している
- □ 月次会議で「原因」と「次の行動」まで決めている
- □ 経営改善で生まれた余力を支援の質や人材へ再投資している
まとめ——「売上が増えているから大丈夫」がいちばん危ない
売上が増えていても、それ以上に人件費や経費が増えていれば利益は残りません。法人全体が黒字でも、一つの事業所が長期間赤字を続けている可能性があります。利用者数が増えていても、欠席や職員配置、残業によって収支が悪化することもあります。
だからこそ経営数字は、一つの大きな数字ではなく分解して見る必要があります。売上、利用者数、利用日数、人件費、残業、算定の状況、主要な経費、そして事業所別の収支。これらを毎月確認していくと、「何となく経営が厳しい」から「どこを改善すればよいか分かる」状態へ変わります。
経営改善の目的は、利益を最大化することだけではありません。必要な職員を確保する、職員を育てる、安全な設備を維持する、新しい支援方法を導入する。そして利用者へ安定したサービスを提供し続ける。福祉だから経営を後回しにするのではなく、福祉を続けるために経営を強くする。その視点が出発点になります。
あわせてお読みください。事業所別の損益を初めて並べた実例は 複数事業所を持つ法人が「事業所間の数字の差」に気づいて改善した実例、曜日別に収支のずれを見つける方法は 「赤字曜日」を見つける、人件費率の改善は 人件費率が80%を超えた施設が70%台に戻した方法、資金繰りの立て直しは 資金繰りが底をつきかけた施設が立て直した6か月 で解説しています。加算の適正な取得は 加算最適化支援、収支改善のご相談は サービス内容 もあわせて お問い合わせください。初回相談は無料で承っております。


