「人を増やす前」に業務の棚卸しを|障害福祉施設で残業を減らす4つの分類と見直しの順番
障害福祉の現場で経営のご相談をいただくとき、よくうかがうのが「とにかく職員が足りません」という言葉です。人材不足が大きな経営課題であることは間違いありません。ただ、そこですぐに「では採用しましょう」と動く前に、一つ確かめておきたいことがあります。現場が忙しい原因が、本当に「職員数が少ないこと」だけなのかということです。実際には、職員の時間が本来必要ではない仕事に奪われていた、というケースが少なくありません。この記事では、人を増やす前に行う「業務の棚卸し」の進め方を整理します。
「毎日忙しいのに、何が忙しいのかわからない」
残業が慢性化している施設で職員に「何に一番時間を取られていますか」とうかがうと、返ってくる答えはたいてい同じです。
「全部です」
ここに業務改善の出発点があります。忙しい施設ほど、何に時間を使っているのかが見えていないことがあります。見えていないものは減らせません。だからこそ、新しいシステムを入れるより先に、いま職員が何をしているのかを書き出すところから始めます。
実際に、常勤職員の残業が一人あたり月30〜40時間程度まで増えていた施設で、この棚卸しから着手したところ、数か月後にはおおむね月10時間程度まで減った例があります。当初は「あと2人採用しなければ回らない」と考えていた管理者が、必要な人員配置を改めて検討し直すことになりました。
※ 上記はコンサル支援先の事例をもとにした参考値です。施設の規模・サービス種別・職員構成・業務内容によって異なり、同様の成果を保証するものではありません。
業務の棚卸し|仕事を4つに分ける
始業から終業までの仕事をすべて書き出したら、それぞれを次の4種類に分けます。この分類こそが棚卸しの本体で、書き出すだけで終わらせないための仕掛けです。
① 欠かせない業務
利用者への直接支援、安全管理、服薬確認など、施設運営上欠かせない仕事です。ここは減らす対象ではありません。むしろ増やしたい側の業務です。
② 必要だが、方法を変えられる業務
支援記録、申し送り、会議、家族への連絡など。仕事そのものは必要でも、やり方には改善の余地があります。「なくす」ではなく「変える」対象です。
③ 重複している業務
同じ内容を支援記録・日報・申し送りノートなど複数の場所に書いているケースです。一つひとつは数分でも、利用者数と職員数を掛け合わせると大きな時間になります。
④ 「昔からやっている」という理由だけで続いている業務
誰も使っていない集計表、目的が明確でない会議資料などが該当します。ここを見つけるには、書類を前にして「これは誰が見ていますか」と聞いてみるのが早い方法です。答えられない書類が出てきます。「昔からやっているから」は、仕事を続ける理由にはなりません。
この4分類をすると、「忙しさ」の正体が具体的な業務名として見えてきます。
見直しの順番|まず③と④から手をつける
4分類ができたら、着手の順番は③重複 → ④惰性 → ②方法の変更です。③と④は「やめる/減らす」だけで済むため、現場の合意も取りやすく、効果もすぐ出ます。
典型的なのが記録の重複です。ある利用者について支援記録に書き、日報にも書き、重要事項は申し送りノートにも書く——ほぼ同じ内容を3回書いていた、ということが起こります。ここは「情報は原則として一度だけ入力する」というルールを決め、どの情報をどこに残すのかを明確にすれば解消できます。
②の代表は会議と申し送りです。会議は、内容を確認すると半分近くが「報告」であることがあります。報告は資料を読めば済むので事前共有に回し、会議では「みんなで考えなければ決められないこと」だけを扱う。そのうえで会議の最後に「誰が・何を・いつまでに」を決める。申し送りは「全部伝える」から「昨日と違うことを伝える」へ。安全管理上必要な情報は確認したうえで、変化を中心に据えると、重要な変化がかえって目立つようになります。
▶ 業務時間調査で内訳を分単位まで洗い出し、記録・探し物・会議をそれぞれどこまで短縮できたかを数字で追った実例は 職員一人あたりの生産性を上げた施設がやった業務改善|残業を減らし支援時間を増やした6か月 にまとめています。具体的な削減幅を知りたい方はこちらをご覧ください。
ICTは「業務を整理したあと」に入れる
業務効率化というと、すぐにICTやAIの導入を考えたくなります。ただ、順番を間違えると効果が出ません。
不要な業務をデジタル化しても、不要な仕事が速くなるだけです。三重に書いていた記録をそのままシステムに載せれば、三重入力が電子化されるだけで、職員の負担は思ったほど減りません。
先に業務を整理し、そのうえでデジタル化する。この順番を守るだけで、同じ投資でも結果が変わります。導入を検討している段階であれば、まず棚卸しを終えてから製品を選ぶことをおすすめします。
なお、記録の負担軽減やICTの活用といった生産性向上の取組は、令和8年6月に新設された処遇改善加算の上位区分「Ⅰロ・Ⅱロ」で問われる要件とも重なります。日々の業務改善が、そのまま加算の要件整備につながる場面があるということです。すでに取り組んでいるのに記録として残していないだけ、というケースも見受けられます。
※ 加算区分・算定要件・加算率は、サービス種別や自治体の運用、報酬改定の内容によって異なります。実際の算定にあたっては、必ず最新の告示・通知と所管の行政窓口でご確認ください。
▶ 要件の整理は 障害福祉の処遇改善加算|令和8年6月新設「Ⅰロ・Ⅱロ」への区分アップ・要件整備支援 でご案内しています。
削減した時間の「行き先」を先に決める
棚卸しでいちばん見落とされやすいのがここです。30分の業務を削減できたなら、その30分を何に使うのかを先に決めておきます。
行き先を決めないまま時間だけ空けると、別の業務がなし崩しに入り込んできて、結局「忙しい」に戻ります。利用者との対話、個別支援計画の振り返り、職員教育、記録の質を上げること——施設の価値を高める仕事にあらかじめ割り当てておく。単なる「時短」で終わらせないための、地味ですが効く一手です。
効率化で削ってはいけないもの
業務効率化で最も注意したいのがこの点です。効率化という言葉から「利用者と話す時間も短くしよう」という方向に進んでしまう施設があります。これは逆です。
削るべきなのは利用者支援ではありません。書類の重複、目的のない会議、過剰な資料作成を減らし、職員が利用者と向き合う時間を増やすことが業務改善の目的です。この考え方を、着手する前に全職員で共有しておくことをおすすめします。目的が共有されていないと、現場は「人員削減の準備ではないか」と受け取ってしまい、協力が得られにくくなります。
「人手不足」と「業務過多」を分けて考える
人が足りない施設に採用が必要なのは当然です。ただ、「人手不足=すぐ採用」という一つの答えだけでは経営改善になりません。まず「今いる職員が何に時間を使っているのか」を確認する必要があります。
不要な仕事を残したまま職員を増やせば、新しく入った職員も同じ非効率な仕事をすることになります。人材の確保が難しい時代だからこそ、一人ひとりの職員の時間を経営資源として捉える視点が要ります。
管理者のための業務改善チェックリスト
- □ 職員一人ひとりの残業時間を把握している
- □ 同じ情報を複数の書類に記載していない
- □ 会議には明確な目的がある
- □ 会議で決定事項と担当者を決めている
- □ 申し送りの内容を定期的に見直している
- □ 「昔から」という理由だけで続けている仕事がない
- □ ICT導入の前に業務そのものを見直している
- □ 削減した時間の行き先を決めている
- □ 業務効率化によって利用者との時間が減っていない
まず着手するなら、職員に1週間だけ業務時間を記録してもらうところからで十分です。完璧な調査でなくてかまいません。「記録45分」「申し送り25分」「会議60分」程度の粒度でも、感覚ではなく数字にすると改善対象が見えてきます。
まとめ
障害福祉施設において、人材は最も重要な経営資源の一つです。だからこそ、採用することだけでなく、今いる職員の時間をどう使うのかを考える必要があります。
棚卸しでやることは、大規模なシステム導入でも設備投資でもありません。仕事を書き出し、4つに分け、必要性を考え、重複をなくす。その積み重ねで残業が減り、職員に余裕が生まれ、利用者と向き合う時間が増えていきます。
業務改善で大切なのは、効率化すること自体ではありません。職員の時間を、本当に利用者のためになる仕事へ戻すことです。
あわせてお読みください。業務時間の内訳から改善幅までを数字で追った実例は 職員一人あたりの生産性を上げた施設がやった業務改善、記録と事務の精度を上げて国保連の返戻をなくした実例は 毎月の請求ミスを「ゼロ」にした仕組み、残業や働きやすさが定着に与える影響は 職員が「この施設で働き続けたい」と思う瞬間 で解説しています。人員体制と定着のご相談は 職員の離職・定着支援、業務改善そのもののご相談は サービス内容 もあわせて お問い合わせください。初回相談は無料で承っております。


